映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 かぐスタに移ってからと言うもの、妙に忙しくなった。制作の多忙さと言うよりも、スタジオ管理で忙殺される日々。色々と足りないもの、揃えないといけないものが多すぎるし、スタジオとして機能させるための管理が予想以上に大変なのだ。

 朝に出社して先ずやることは、スタジオの掃除だ。空気を入れ替え、拭き掃除をし、掃除機をかける。珈琲を入れている間にトイレも掃除する。トイレットペーパーが無くなったら、近くの薬局で買って来る。手拭きタオルは自宅に持って帰って洗濯だ。新人アルバイトスタッフのような気分である。清掃業者に頼むことも出来たろうが、4人しか居ないスタジオに余計なお金は掛けられない。でも、こんなことをやっていて、長編映画など作れるのだろうか。いや、千里の道も、トイレ掃除からだ。地道にやらないと。

 長々とかぐスタ開設時の思い出話を語ってもしょうがないので、一個だけ忘れられない高畑さんとの出来事を書いて、「かぐや姫スタジオ」開設の巻を終わりにしよう。

 2010年6月23日。昼食を終えて、かぐスタへ戻ると、エレクターの部材が納品されていた。エレクターとは何か。単純に言うとスチールラックなのだが、組み合わせ次第で色々な棚が出来るという優れものなのだ。ぼくは、このエレクターを使ってテレビ台を作ろうと思う。宙に浮くテレビ台を!
 

20130715_1.jpg

 さっそくゴムハンマー片手に、田辺さん、佐々木さん、僕で組み立てはじめる。そうこうする間に、かぐスタの玄関ドアが開き、西日を背に高畑さんが「おはようございます」と笑顔の出社。

 エレクターを組み立てていると、「わたしにもやらせてください」と余ったゴムハンマーを手に持って、ワクワクしている。74歳のこのワクワクぶりは断れない。だって、笑顔だから。
 

20130715_2.jpg

↑これがゴムハンマー。


 それで、高畑さん、田辺さん、佐々木さん、西村の4人で、エレクター構築タイム。それにしても、監督はストレスを発散するように、ガンガン、ゴムハンマー。

 途中から、4人とも慣れてくる。「スケルトンテーパー、取って!」やら「そこはフローティングジョイントが入るんです!」やら、みんながエレクター用語を使いだす。人間の学習能力の高さよ。
 

20130715_3.jpg

↑これが棚板。

 

20130715_4.jpg

↑これが、スケルトンテーパー。

 

20130715_5.jpg

↑これが、フローティングジョイント。

 

 組み立てていると、高さ調節を失敗した箇所があり、棚板を一枚だけ外して組み直さなければならないことに。大きなテレビ台なので、支えるだけでも田辺さん、西村の男2人の力が必要だった。すると、


高畑さん「棚、外しますか!じゃぁ、わたしが外します!」


 と、再ワクワクモードで、志願する高畑さん。田辺さんと僕が支える中、棚板を外すために裏からガンガン叩いていく。笑顔だ。だが、なかなか外れない。さらにガンガン叩く高畑さん。真顔になる。そして、さらなる強打を繰り返す高畑さん。何かに取り憑かれたような表情で、打撃はさらに激しさを増していく。


 ゴン、ゴン!ガン、ガン!ドガン!パキッ!バキッ!バキバキッ!


高畑さん「あっ……あぁ」


 エレクターの棚板、完成を目前にして、高畑さんのワクワクゴムハンマーの強打により、一部が破損する。みんな、沈黙。高畑さん、意気消沈。その顔の何とお茶目なことよ。


西村「だ、大丈夫だいじょうぶですよ、使える、使える!」

田辺さん「上に物を乗っければ何とかなるんじゃないですか?」


74歳を囲んで慰める、44歳、32歳、31歳の3人。苦い光景だ。

 そんなこんなで、テレビが浮いちゃうテレビ台が、エレクターと1時間の格闘の末に、組みあがった。そのテレビ台は、かぐスタから7スタへ引っ越した後も、もちろん活躍している。もちろん、一部が破損したまま。


20130715_6.jpg