映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


「かぐや姫の物語」準備室、通称「かぐスタ」。東小金井駅徒歩3分。約100平米。賃料は25万円。駐車場も一台分確保し、月1万5千円。敷金・礼金・仲介手数料が合計9か月分。タイルカーペットの張替え、ブラインドの設置等の最低限のリフォームだけを済ませる。机や家具は倉庫にあるものを借用してコスト削減。それでも約300万円の出費だ。トイレは1つしか無いので男女兼用。増設したかったが、べらぼうなお金がかかるので諦めた。平面図を取り込んで配置を考える日々。心機一転、映画制作の環境を整えないと。

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※実際とはちょっと違う。図面上ではトイレが2つあるが、その増設の夢は叶わず、結局トイレはひとつだった……。

 新しい場所への引越しというのは、心躍ることでもある。しかし僕には、ひとつ気持ちが重くなることがあった。準備メンバーとして参加してくれていた小西賢一さんが、ここに来て、離脱してしまったのだ。


小西さん「このままのペースだと、絵コンテ完成は1年でも足りませんよ。知り合いが初監督する劇場作品に作画監督として誘われていて、彼に協力してあげたいという思いもある。一度『かぐや』を抜けて、その作品を終えてから戻ってきます。それでも遅くないと思うんです。」


 絵コンテは1ヶ月で5分。半年で30分。1年で60分。2年で120分。このペースを見れば、小西さんの判断は全くもって妥当だった。「手伝って欲しい」と小西さんを誘った田辺さんは自分の仕事で手一杯で、小西さんはイメージボードを描き続けてはいたものの、放置されていたような状態だったので尚更だった。


小西さん「高畑さん、田辺さんで映画を作るのは並大抵のことじゃないですよ。西村さんが引っ張っていかないと、この映画はできないと思います。」


 絵コンテについては、これからペースアップをもくろんでいたところだったが、現実的に見れば数字は出ておらず、小西さんを引き止めることも出来なかった。小西さんは、「鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星」という長編アニメーション映画の作画監督として、別の制作会社に一定期間、席を置くことになった。

 高畑さん、田辺さん、僕……また、3人になった。「西村さんが引っ張っていかないと、この映画はできないと思います。」僕は小西さんの言葉を重く受け止めつつも、この時、小西さんがもう戻ってきてくれないんじゃないかという不安を強く感じていた。

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