映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 脚本は出来た。絵コンテはゆっくりとだが進んでいる。次の僕の仕事は、スタッフの確保と、そのスタッフが集い作業をする場所の確保だった。

 でも、ぼくは作業場所の確保に関しては心配していなかった。鈴木さんが用意してくれたからだ。


鈴木さん「場所くらい用意しないとな。」


 カッコいいのである。

 場所はジブリから徒歩15分くらい。マンションの最上階の一室だった。リフォームもするらしい。ぼくはリフォーム前の部屋を見せてもらった。作画机が10台くらい入るスペース。少し狭いが美しい部屋だ。メゾネットタイプで、2階にも8畳ほどの一部屋。その一部屋には広いテラスが付いており、そのテラスにはなんと!なんと驚くことにジャグジーまで付いているではないか。誰が入るのだ?高畑さんと僕か?ふたりで水着でも来て、ジャグジーに入れというのか?素敵な部屋を用意してくれたもんだ。

 当初、ぼくが当てにしていた3F建てのジブリ新スタジオは、第5スタジオという名称になった。その5スタは、「かぐや姫の物語」を作るためではなく、名古屋から帰ってくる西ジブリ(ある時期、新人育成のために開設したスタジオ)のアニメーターと、その年に新規採用したアニメーター、合計30名の人員増への対応策だった。1ヵ月後には完成するらしい。当てが外れた。でも、まぁ、いい。ぼくにはジャグズィーがある。

 そして、あの日。あれは2010年5月上旬のことだったと思う。ぼくは鈴木さんの部屋に呼ばれた。


西村「こんちは。」
 

鈴木さん「おう!」
 

西村「何かありました?」
 

鈴木さん「あのさ、聞いてる?」
 

西村「はい?」
 

鈴木さん「あのマンションさ、」
 

西村「はい。」
 

鈴木さん「あれね、」
 

西村「はいっ!」
 

鈴木さん「使えなくなったから!」
 

西村「っ!」
 

鈴木さん「そういうことになったから。」
 

西村「っっ!」
 

鈴木さん「な。」
 

西村「いや、えっと、じゃぁ、高畑さんと僕らは……」
 

鈴木さん「それね」
 

西村「5スタとかに……」
 

鈴木さん「出てって。」
 

西村「っっふぇっ!」
 

鈴木さん「高畑さん連れて、出てって。」
 

西村「出てって、って……。」
 

鈴木さん「どこかさ、アパートでも何でも借りてさ。どこでもいいよ。高畑さん連れて、な。1ヵ月後には色々と引越しとかあるから、それまでにな。」
 

西村「え、あ……。」
 

鈴木さん「じゃ、そういうことで。」
 

西村「へ、は、はい……。」


 ぼくは、そのまま、鈴木さんの部屋を出た。

 出てって。高畑さん連れて、出てって。いや、いやいや、高畑勲です。大巨匠です。なぜだ?どうしてだ?正式なジブリ作品だって、言ってたじゃないか。僕は混乱したまま呆然と階段を降りた。降り続けて1Fへ、そして玄関を出た。空を見ると、雲行きが怪しかった。雨が降りそうだった。退去勧告?いや、これは退去命令だ。なぜだ!

 このとき僕は、その"先"を見据えた鈴木さんの考えを、まったく、本当にまったく理解していなかった。


 ジャグズィー……。

20130708_1.jpg