映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 高畑さん、田辺さんは絵コンテ作業を進めた。いや、「進む」という表現は相応しくない。自動車で言うと時速10キロで走っている感覚だ。歩いたほうが早いんじゃないか、と思えるか思えないかのスピードで絵コンテ作業が継続される。

 高畑さんは午後2時ごろに準備室に入る。そして大抵1時間半は田辺さん、小西さん、ぼくを相手に雑談する。その雑談がずるいのだ。最初は大抵、企画と関係のあることが切り口になっている。しかし、聞いていると上手い具合に話題がすり変わって、全く企画と関係のない内容になっていく。そうかと思うと、かぐや姫の話に戻ったり。と思うと、単なる雑談に話が変わっていたり。雑談の9割は企画に無関係なのだが、1割が企画に関係しているために、「雑談なんかしてないで、絵コンテをやってください!」と言い出しにくい巧妙に仕組まれた?雑談なのだ。さらに困ったことに、その雑談が面白い。

 雑談が終わると、休憩である。仕事をしてないのに休憩だ。一通り喋って、高畑さんも疲れている。休憩したいのだ。時に甘いものを欲したりもする。おやつなんかを食べるときもある。作業を始めるのは大体16時。18時半にはお腹が空いたと、4人で夕食を食べに出かける。夕食時も雑談。食事時に仕事の話をするのを高畑さんは嫌う。食事の時ぐらい仕事のことを忘れさせてくれ、と言うのだ。しかし、仕事の時にも仕事のことを忘れているではないか。

 20時前にスタジオに戻るが、21時半には高畑さんは帰宅する。高畑さんは実質4時間しか仕事をしていない。残念無念だ。高畑さんをご自宅へ車で送り届けてスタジオに戻ると、僕の机に付箋が張ってある。小さな小さな文字で

「先に帰ります。田辺」

こっちもだ!なんてこった。田辺さんの作業時間も、全く足りてない。こういう状況で、絵コンテを進めよう、進めようと、説得し、見守り、粘る日々が続く。必然、眉間の皺が深く刻まれていく。
 

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