映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 少し間が空いてしまったが、当時の「かぐや姫の物語」の状況に戻ろう。イメージボードが描かれず、キャラクターも美術設定も固まらないまま、田辺さん独りで絵コンテを進めるという奇策に打ってでたわけだが、それから2ヶ月が経った2010年1月末、田辺さんが結果を出した。シークエンス1の絵コンテを書き上げたのだ。1ページに5コマある絵コンテ用紙が40ページくらいあったろうか。尺にして5分くらいだったと思う。決して早くはないが、ひとまず5分の絵コンテを、田辺さんが仕上げてきたのだ。

 しかし、その絵コンテは……、


高畑さん「まったくダメですね。」


 惨敗だった。高畑さんはコンテを通して見て、「コンテになってない」とため息をついた。そしてまた目を通そうとコンテを捲るが、一瞥しただけで読むのをやめて、高畑さんは怒り出し、怒り続けた。

 高畑さんをご自宅まで送る車中でも、怒りは収まらない様子だった。「彼は経験が少なすぎるよ!」いつしかそれが高畑さんの口癖になっていた。僕がじっと聞いていると、怒りも徐々に収まってきて、ご自宅に着くころには「まぁ、ああやって絵コンテに向き合ったわけだから、田辺くんと机を並べてやっていくしかないんでしょうね。百瀬さんとか近ちゃん(近藤喜文さん)とも、結局はそうやってきたんで。もうね、すごい才能を秘めた素人と一緒にやっているような気分です(笑)。」

 こうして、田辺さんの2ヶ月は水泡に帰したわけだが、その結果、高畑さんは、イメージボードをひとまず諦め、キャラクターを固めることも止めて、絵コンテに入っていくという奇策の延長で作業を進めることに同意してくれた。

 しかし、そこからが、田辺さんの地獄の始まりだった。机を並べて高畑さんと田辺さんがコンテ用紙に向かい始めた最初の一ヶ月は良かった。良い関係で進んでいるように思えた。しかし、それから再び怒られる日々が続く。「アリエッティ」の制作中なので、同じフロアで大声で怒るわけにいかない。高畑さんは田辺さんに近付いた。近付いてヒソヒソ声で怒った。近付き過ぎて、時に膝のなかに膝が入るくらいの距離で、ヒソヒソ激怒、ヒソ激怒。絵コンテは全く進まない。

 高畑・田辺両氏が机を並べて作っていくスタイルを取って、2010年3月末で7週が経過した。その頃、尺にして9分の絵コンテが出来た。1ヶ月で約5分。遅い。このペースだと、コンテ完成にあと24ヶ月かかる。これは言い換えれば、現在のペースで進む限り、コンテの完成が2012年3月末になることを意味した。これじゃ、公開に間に合わない。公開……。僕はこのとき、ひとり2012年夏公開を目指していたのだ。


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