映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 一昨日、ラセターとピクサーのスタッフが第七スタジオに来訪したことを書いたが、実は、ピクサーのある作品と高畑さんには、深い繋がりがある。今日から2回に分けて、それを書こうと思う。おそらく誰も知らないことだと思うし、ぼくが大好きなエピソードの一つだ。

 「かぐや姫」準備室で田辺さんが絵コンテ作業を進めていた或る日のこと、ジブリ海外事業部のマさんから僕に電話がかかってきた。アメリカからピクサーのスタッフがジブリ美術館に遊びに来ていて、その中の一人が高畑さんにどうしても会いたいと言っているというのだ。名前を聞くと、マイケル・アーントだという。「リトル・ミス・サンシャイン」で、アカデミー脚本賞を受賞し、「トイ・ストーリー3」の脚本を担当した人間だ。

 「リトル・ミス・サンシャイン」は僕の大好きな映画の一つだったので、僕は少し興奮気味に高畑さんに伝えた。


西村「高畑さん、『リトル・ミス・サンシャイン』っていう面白い映画があってですね、アカデミー脚本賞を取ってるんですが、これ、高畑さんも見たら気に入ると思うんですが、その脚本家がいま、ジブリ美術館に遊びに来ていて、高畑さんに会いたいっていうんです。今からひとりで来たいと。あ、ちなみに『トイ・ストーリー』の脚本も担当しているんです。会いませんか。」

高畑さん「はぁ……、よく分からないけど、じゃぁ、会いましょうか。」


 数時間後、マイケル・アーントが来た。高畑さんと僕は呼ばれ、第1スタジオのバーに降りると、そこに海外事業部のマさんと、ひとりのアメリカ人が座っていた。マイケル・アーントだ。

 高畑さんと僕が、彼らが座っているテーブルに近づくと、マイケル・アーントがバッと立ち上がった。190センチくらいの大男だったと思う。ぼくらは歓待の気持ちを表すため、微笑みながら近づいたのだが、そこにいる大男はアメリカ人らしからぬ無表情で立っている。なんか変だなと思った。でも、すぐに分かった。彼は高畑さんを前にして、カチコチに緊張していたのだ。

 高畑さんと僕は違和感を覚えつつも、マイケル・アーントに対面して座った。普通なら、「ハロー」でも「ナイスチューミーチュー」でも言ってくれそうなものだが、マイケル・アーントは黙って下を向いて座っている。高畑さんと僕は、「?」と顔を見合わせた。すると、マイケル・アーントが口を開いた。


マイケル「高畑監督、お時間いただきありがとうございます。お忙しいでしょうから、あまり時間をとらないように、ぼくの半生をお話しします。」


 時間をとらないように、半生を話す?この人、大丈夫かな?と、その時は思っていた。そんなこちらの反応はお構い無しに、マイケル・アーントは語りだした。
 

つづく。


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