映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 男鹿さんのご自宅にあがると、男鹿さんの奥さんが出迎えてくれた。すでに温かい食事の用意が整っている。


男鹿さん「車だから、お酒は飲めませんね。残念です。それでは失礼して(笑)。」


 大の日本酒好きである男鹿さんは、ニコリと笑って、ひとりで晩酌をはじめた。お酒を飲めるときにまた、と僕を気遣いながら。

 対面して、こうして夕食をご一緒していると、目の前にいる人物が日本一の美術監督だということなど忘れてしまう。男鹿さんの何とも言えぬ包容力。男鹿さんの周りには、何か別の時間が流れているようでもある。この包容力は、一体どこから来るのだろうか。山と草花と木々を見てきたその目は、涼やかで、深く、優しい。

 お腹を空かせていた僕は、奥さんの手料理を一気に平らげた後、今でも思い出すと反省するが、男鹿さんに対して失礼なことを延々と言い続けた。


西村「男鹿さんがやってくれなかったら、この企画は終わります。断言できます。『かぐや姫の物語』は、数多ある企画とは根本的に違うんです。冒頭の山を生き生きと描ける美術家がいなければ、男鹿さんがいなければ、この企画は無しなんです。高畑さんの最後の映画は、男鹿さんが断われば、潰れます。」

西村「高畑さんは元気だからと言って、年齢が年齢です。いつ死んでもおかしくない。この前もピロリ菌が見つかったし、肺も悪くしかけたんで禁煙しました。それにこの前なんて、東小金井駅から僕に電話がかかってきて、歩けないから迎えに来てくれって。それで行ってみたら、右足のすねから甲にかけて紫色になってるんですよ。挫いたらしく、単なる内出血だったんですけどね。いきなり目が見えなくなったりしたこともある。もう、満身創痍の中、最後の映画を作ろうとしているんです。」


 ぼくが、無礼にも熱弁をふるう間、男鹿さんは時折頷きつつ、じっと話を聞いてくれた。おそらく、ぼくは男鹿さんの酒を不味くしてしまったろう。でも、男鹿さんは僕の話を全て聞いてくれた。

 そして、帰り際、男鹿さんは最後にこう言った。


男鹿さん「ぼくは、高畑さんと一緒にやった『ぽんぽこ』の仕事が、自分の仕事の中で一番楽しかったんですよ。里山を描けた。いまのところ『アリエッティ』の仕事で忙しくて、その次のことを考える余裕がないんだけれども、『アリエッティ』が終わってから、もう一度、考えてみます。」


 回答保留だった。ぼくは、男鹿さんが「アリエッティ」の仕事を終えるのを、じっと待つことにした。

 その後、『アリエッティ』の仕事を終えた男鹿さんは、「かぐや姫の物語」の美術監督を快諾してくれた。その時の顛末は、また別の機会に書こうと思う。


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