映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


西村「男鹿さん、『かぐや姫の物語』の美術監督をやってもらいたいんです。」


 東八道路を走らせながら、ぼくは後部座席に座る男鹿さんをバックミラーに捉えて切り出した。


西村「ある人に聞いたら、男鹿さんはもう、美術監督はやらないだろうって、そういうことを聞きました。そうなんですか?」

男鹿さん「えぇ、そうですね。」

西村「その理由ですけど、スタジオに入りたくないとか、美術監督のような皆をまとめる、管理する仕事が嫌だとか、そういうふうに聞いたんですが、正しいですか。」

男鹿さん「そうですね。もう、好きな時間にね。気が楽なんですよ。こういう風な仕事のやり方になれちゃってて、美術監督っていうのは、もうね。出来なくなっちゃってて。」

西村「考えてみたんです。男鹿さんにやってもらうために、どうしたら良いか。」

男鹿さん「……。」

西村「作業場所に関しては、男鹿さんが希望されるなら男鹿さんのアトリエでやってもらって構いません。週に一度くらいの打ち合わせはあるでしょうけど。」

男鹿さん「……。」

西村「美術“監督”業務についてですけど、これも、考えたんです。それで、あ、そうかって。男鹿さんが全カットを一人で描けば良いんだって。」

男鹿さん「ひとりで、ですか?全部?」

西村「全部です。たぶん映画は1300カットくらいです。『アリエッティ』のような緻密な絵ではないです。抜いた絵でやる。寄ったときには色面だけの場合もあるでしょうし。それに、半年から9ヶ月の短期間で作る映画とは違います。長丁場です。2年くらい。月に60カット、一日2カットでいい。そのくらい、男鹿さんなら一人で描けるんじゃないか、そう思ったんです。そしたら、美術“監督”はやらずに済みます。誰の面倒も見なくていい。男鹿さんの背景で全てが描かれる映画です。」

男鹿さん「……。」

西村「これなら男鹿さんの条件に当てはまります。アトリエで、ひとりで描く。男鹿さんがやってくれるなら、他にも色々と対応します。」

男鹿さん「いや、まぁ、終盤は誰かに手伝ってもらわないといけないだろうけど……」


 ん?男鹿さんの気持ちが一瞬、動いた?映画制作終盤のことを、具体的に想像した発言だ。


西村「お願いします。高畑さんの最後の作品に、男鹿さんの背景が必要です。」


 男鹿さんは少し間を置いて、ぼくに携帯を貸してほしいと言ってきた。その携帯でご自宅に電話をかけた。奥さんと話しているようだった。


男鹿さん「お腹、空きませんか?さっきもね、みんな食べてないのに、高畑さん一人で食べてね(笑)。もし、時間があるなら、ウチで食事して行きませんか。急なお客さんなので、たいしたもの出せませんけども、用意してもらってるから。」

西村「ありがとうございます!ぜひ。」


 ぼくは男鹿さんのご自宅で、夕食をいただくことになった。

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