四人は喫茶店を後にした。ぼくは社用車プレマシーの運転席に乗り込み、高畑さんは助手席に乗り込んだ。男鹿さんと田辺さんが後部座席に乗り込む。もう辺りは真っ暗だ。
ジブリ1スタまでの道をゆっくりと運転しながら、僕ひとりが焦っていた。この機会を逃したら、多忙な男鹿さんを捕まえるのは半年後になってしまうだろう。今日を逃したら、男鹿さんを説得するチャンスは二度とめぐって来ないかもしれない。「コクリコ坂」班は100カットくらい頼みたがるだろうし、宮崎さんの新作が動き出したら、また違った圧力が働く可能性がある。それなのに、高畑さんは説得どころか、依頼すらしていない。そして、最後に僕への目配せだ。今日しかないのに。男鹿さんを説得するのは、たぶん、今日なのに。
1スタに到着した。高畑さんと田辺さんは笑顔で男鹿さんにサヨナラを言い、準備室に戻った。男鹿さんはこのまま帰宅するという。1スタで降りて歩こうとする男鹿さんに、「男鹿さん、送りますよ」と声をかける。男鹿さんは、「じゃぁ、お言葉に甘えて、駅までお願いしましょうか」と、再び後部座席に乗り込んだ。
ジブリから駅までの道は一本道だ。焦る。今日しかない。この一本道で決めなければ。この1本道が企画の成否を分ける。僕は、意識的にゆっくりと車を走らせた。
西村「男鹿さん、ご自宅どこでしたっけ?」
男鹿さん「○○○です。電車だと、△△で□□線に乗り換えるんです。」
駅まで500メートル。
西村「それは面倒ですね。この時間、電車、混んでますし。あの、いいですよ、あの、ご自宅までお送りしますよ。」
男鹿さん「いやいや、いいですよ、大丈夫です。東小金井駅で。お忙しいだろうし。毎日大変でしょう。」
駅まで300メートル。
西村「いや、送りますよ、本当に。ぼくも時間はありますから。」
男鹿さん「いやいや、大丈夫です。駅で。高畑さんのところに戻らないといけないんでしょう?」
駅まで150メートル。
西村「いいえ、大丈夫なんです。送りますよ。」
駅まで100メートル。
男鹿さん「いえ、ここで。駅でいいです。」
50メートル。
西村「ほんと、送りますよ。」
30メートル。
男鹿さん「いや、ほんと、駅で。」
20メートル。
西村「送ります」
10メートル
男鹿さん「駅で……あ」
0メートル
西村「……」
男鹿さん「……」
-10メートル
西村「送らせてください」
-20メートル
男鹿さん「……」
-30メートル
西村「すみません。話したいことがあるんです。すみません。」
-50メートル。
男鹿さん「……まぁ、じゃぁ、自宅までお願いしましょうか。」