映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 アニメーション美術監督・男鹿和雄さん。日本を代表する、いや、日本一の美術監督である。「ジブリの絵職人 男鹿和雄 ~トトロの森を描いた人~」だ。「トトロ」以降のジブリ作品のほとんどに参加し、どの作品においても、大事な仕事を残してきた美術家だ。抜いているのに緻密さもあって、男鹿さんの絵を見ている間、こちらを気持ちの良い空気が包みこんでくれる。ぼくは男鹿さんの美術が大好きだ。ジブリの全スタッフが男鹿さんという人物を、その美術を愛している。

 高畑さんが男鹿さんの名を出した数日後、ぼくは鈴木さんと話す機会をもった。


西村「美術監督ですが、男鹿さんにお願いしようと……」


 と話しかけたとたん、鈴木さんは眼光鋭く、声を荒げた。


鈴木さん「男鹿さん!ぜったい!やらないからな!!」


 僕には「男鹿さんを使うな!」と受け取れるような顔と声であった。たぶん、そういうことだったんじゃないか。いつ終わるとも知れぬ「かぐや姫の物語」の美術監督に男鹿さんが就いてしまったら、その間は、男鹿和雄という才能抜きでジブリ映画を作らなければいけない。ジブリ作品のプロデューサーとして、それは困る。そういうことだったんじゃないか。男鹿さんは、それほどの才能なのだ。

 ただ、「男鹿さんぜったい、やらないからな!」と鈴木さんに言われても、率直に言うと、僕はジブリの人間ではあるけれど、「かぐや姫の物語」を良い作品にすることしか考えていなかったし、今もそうだ。鈴木さんは、「コクリコ坂」や次の宮崎作品(「風立ちぬ」)を心配する必要があったろうが、ぼくは、そんなことを考えなくて良い気楽な立場である。それらの作品に男鹿さんが参加できなくても、僕の知ったこっちゃ無いのだ。僕は高畑さんの映画しか考えていない。

 そんな決意をもって、ぼくは「かぐや姫の物語」に男鹿さんを誘うべく、まずは聞き込みを開始した。それで、分かってきたことがある。何が分かったか。男鹿さんは、「美術監督は二度とやらない」と明言しているということだった。あれれ?鈴木さんが言ってたことと同じじゃないか。

 男鹿さんは、美術監督を絶対やらない。高畑さんの「平成狸合戦ぽんぽこ」以降、美術監督を17年もやってない。宮崎作品の美術監督にと何度誘っても、引き受けてはくれないらしい。アニメーションの美術は続けるが、美術「監督」は二度と引き受けない。そう決めているというのだ。

 その理由が何なのか、ぼくは、男鹿さんをよく知る数人に聞きこんだ。そこで分かったことがある。男鹿さんが、美術監督を引き受けない理由は、主に2つだった。


Aさん「男鹿さんは、これまでアニメーションの美術背景をやってきたけど、もう、自分のリズムで、自分の好きな絵を描いていたいと思っているんだと思う。だから、スタジオに入って、出社時間とか、ある労働のルールがある中でやっていくことは、もう出来ないんだよ。スタジオに入りたくない。自分のアトリエで好きな絵を、好きなときに描いていたいんだ。」


Bさん「マネジメント、つまり美術『監督』業に嫌気がさした。自分が好きな絵を描いていたいのに、美術監督という仕事は、他のスタッフを管理しつつ、他のスタッフの描いた絵を直したり、他のスタッフに指示したり、純粋な絵描きとしてではない仕事を求められる。それがもう面倒になったんだ。」


 17年間、美術監督をやっておらず、今後も「美術監督を二度とやらない」と明言する男鹿さん。この人物の参加が、高畑さんの「かぐや姫の物語」には不可欠だ。一体、どうしたら良いのか。説得するしかない。

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