映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 準備室開設の少し前、「かぐや姫の物語」には、ひとり仲間が加わった。現在、「かぐや姫の物語」の作画監督を務めている小西賢一さんだ。映画「かぐや姫の物語」は、小西さんに本当に多くの面で助けられて、ここまで来たと思う。感謝してもしきれない。

 当時、田辺さんは、あの一件(6月8日の日誌参照)以来、イメージボードを描かなくなっていた。キャラクタ-のラフは描き続けてはいたので、以前のように何も描かないという状態ではない。ただ、高畑さんはイメージ画を求めている。それがあがってこない。

 キャラクターについても、田辺さんが描いた絵に高畑さんが納得しない。高畑さんは何がダメかを丁寧に説明する。しかし、言葉を尽くして説明しても、田辺さんになかなか伝わらない。終いには高畑さんが怒りだしてしまう。怒られると、田辺さんの手は止まる。手が止まると、絵があがってこないので、高畑さんのフラストレーションが蓄積されていく。この悪循環が続いた。

 ぼくは高畑さんに、「田辺さんにイメージボードを描かせるのは難しい。イメージボードについては違う人を立てるべきです」と提案したが、高畑さんの田辺さんへの思い入れは強かった。「いや、彼は出来るんです。田辺くんは描けるはずなんです!」と突っぱねた。

 ただ、このまま怒られ続けると田辺さんがもたない。誰かが必要だった。「誰か、田辺さんの助けになる人はいませんか?」という西村の問いに、田辺さんが即答した。「小西くんに入ってもらいたい。」

 アニメーター・小西賢一。スタジオジブリ研修第1期生。『海がきこえる』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『耳をすませば』、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』で原画を担当し、『ホーホケキョ となりの山田くん』では作画監督を務める。その後、ジブリを退社し、フリーになってからは『千年女優』、『TOKYO GODFATHERS』、『ドラえもん のび太の恐竜』、『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』ではキャラクターデザインや作画監督を務めた。余人を以って代え難い凄腕のアニメーターだ。

 2009年9月17日、田辺さんと僕は、小西さんと会った。


小西さん「企画には興味があるし、田辺さんの仕事は手伝いたいとは思いますよ。高畑さんの作品は、ぜったい作るべきだと思うし。ただ、イメージボードなんて描いてきてないし、結局、田辺さんが描かないといけないと思う。高畑さんは、それを求めているわけでしょ。」


 その頃、高畑さんは脚本の“次”を考え始めていた。画面のスタイルである。後日、高畑さんと小西さんを引き合わせたときにも、高畑さんは小西さんに明言していた。


「今回は、田辺くんという才能を存分に活かす映画を作りたいと思っているんです。作画監督とか、役割分担を考えると、難しくなっちゃうんで、あれですが、どういうふうに分担できるかという見通しを立てなきゃいけないとは思っています。田辺くんを助けて、賛同してもらえるなら、ぜひ小西くんにチームに加わって欲しい。」


 高畑さんの言葉に応えて、ひとまず、役割の決まらない宙ぶらりんの状態でも、小西さんは「かぐや姫の物語」への参加を決意してくれた。

 田辺さんの絵、動きを全面的に活かす。高畑さんの中で確固としてある、おそらくこの10数年間ずっと確固としてあった画面の方向性だった。高畑さんはそれほど田辺さんに期待していた。それが後に、どれほどの困難を伴うものか、現場を知らない西村には全く分かっていなかったわけだが……。

 こうして、絵のほうが困難な状況にある中でも、坂口さんの推進力で脚本作業は順調に進み、完成へと近付いていた。

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