映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 絵のほうは暗礁に乗り上げたが、脚本会議は順調に進んでいた。そしてその頃、僕の身体には、ある異変が起きていた。ぼくの腰が、限界に達しようとしていたのだ。

 17歳の夏、とび職のアルバイトで5メートルの鉄パイプを何本も運ぶ作業をしたのがきっかけで、ぼくは椎間板ヘルニアになってしまった。程度は中の上。検査で分かったのだが、ぼくは人より背骨の数が一個多いらしい。10人に一人いるらしく、もともと腰に痛みが出やすい体質なのだそうだ。

 脚本作業を続けていたある昼のこと、散歩がてらジブリの周りを一周しようと思ったのが間違いだった。ジブリの横の駐車場を通りがかったとき、僕の腰が悲鳴を上げた。


 グキッ!


 くっっ、ぅぅぁぁぁぁはぁっ!


 ぼくは激痛と共に、駐車場の熱せられたアスファルトの上に崩れ落ちた。帰ってきた!ヘルニアの森に戦士たちが帰ってきたっ!一年に一度は訪れるヘルニアの激痛。腰は痛いし、アスファルトはメッチャ熱い!腰が痛いので寝転がりたいのだが、寝転がるとメッチャ熱いねんっ!ぼくは、やっとのことで、上体を起こしたが、立ち上がろうとすると、また激痛が走る。なんというか、一瞬で頭が真っ白になる痛み。その腰の痛みで、全身の筋肉が、みんな緊張してしまう痛みである。立てない。じっとするしかない。携帯は?持ってきてない!助けを呼べない。ぼくは、真夏の日差しの中で、座り続けた。

 駐車場は通りに面しており、数分に一度、人が通りがかる。「助けてください!」と声をかければ良いのだろうが、眉間に皺を寄せ、痛みで歪んだグチャグチャの顔で助けを求めたところで、求められた相手が可愛そうだ。なにせ、40度近い真夏に、アスファルトの上で体育座りをしながら、顔面を歪ませた汗だくの30代男である。僕だったら、見なかったことにして逃げる。

 運悪く、ジブリの誰も通りがからない。全身から汗が吹き出る。服はビショビショだ。意識が遠のいていく。でも立てない。激痛で立てない。助けて。水を!ひとまず水を!ウォーター!ウァァダァァァ!!

 思考は混乱。意識は遠ざかる。そのとき、ぼくは、その声を聞いた。


 「……むらさ……」


 「……しむらさ……」


 「……にしむらさん!」


 顔を上げると、そこには青い服を着た初老の男が立っていた。良く見ると、それは制服を着たジブリの警備のおじさんだった。


「駐車場に変な人がいるって言うんで、誰かと思ったら、西村さんだったんですか!?」


「ぅう、腰が、ヘル……ニア……」


 ぼくは警備のおじさんに肩を担がれて、ジブリへと戻った。九死に一生を得たのである。ジブリの警備のおじさんは、ぼくの命の恩人だ。あの人が居なかったら、今の僕はない。


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