映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 プロットが出来て、より具体的な脚本作業に入りかけた頃、絵のほうも進展があった。田辺さんがイメージボードを描いたのだ。これまでキャラクタースケッチ的なものを描いてはいたが、イメージボードを描いたことはなかった。「かぐや」だけでなく、全企画を通して田辺さんが初めて描いたイメージボードだったと思う。計8枚。高畑さんの喜ぶ顔が目に浮かんだ。待ちに待ったイメージボードなのだから。

 ある日の脚本会議の終わりに、田辺さんは緊張しながら、高畑さんにそのイメージボードを見せた。


田辺さん「あの、イメージボードを描いて持ってきたので、見てもらえますか?」


 自分が描いた絵を提出して、人の評価を仰ぐときのクリエイターは、いつも子どものような目をする。嬉しそうな目で見せる人もいるし、緊張した目の人もいる。その日、ぼくが見た田辺さんの目も、緊張した子どものような目だった。

 坂口さんが興味津々で見つめる中、高畑さんは田辺さんの8枚の絵を、5分くらいかけてじっくり見た。そして、田辺さんの顔を見て、こう言った。


高畑さん「それで?これで、何か言って欲しいんですか?」


 予想外のコメントだった。高畑さんの口調は、どんどん激しくなっていく。


高畑さん「これじゃ、何も分かりません。もっとたくさん描いてよ!この数で、何かを言われることを求められても、少なくとも僕のような立場の人間は、出されたら何かを言うことが責任だと思っていますから、言葉を探しますけど、絵が少なすぎるよ。それに、脚本会議に参加しているわけでしょ。たとえばこの場面は、脚本のどこをイメージしているんですか?せっかく脚本会議に出てるんだから、映画に出てくる場面を描いてくださいよ。何も言えませんよ、これだけ出されても!それにフレームが書き込んであるけど、これが完成画面ということですか。この画面で長編が成り立つという勝算があるんですか!」


 この間の絵を描かなかった時期のこともあり、高畑さんの中にも色々なわだかまりがあったのだろう、口調は怒りを帯びていた。絵を見せるときに絵描きは緊張するだろうが、見せられるほうも緊張するのだ。その絵に対して、真剣に向き合おうとするほど。

 ただ、田辺さんにとっては、一念発起で描きあげたイメージボードだった。期待され、描いた結果、怒られた。中途半端な怒られ方ではない。コテンパンである。


田辺さん「こちらは案として出しているだけなんです。ああ言われちゃうと、もう何を描いてもダメな気がします。」


 田辺さんは、その日を境に、一切のイメージボードを描かなくなってしまった。

 うまく行かない。何かが噛み合わない。ふたりの距離が遠すぎる。ぼくはジブリ社内に「かぐや姫の物語」準備室を開設すべく、鈴木さんに相談することにした。高畑さん、田辺さんが、一所に集まって、机を並べる必要がある。ふたりの距離を縮めなければ。

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