映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 脚本家の坂口理子さんが参加した頃、「かぐや姫の物語」は厳しい状況に追い込まれていた。僕が担当についてから約3年。K氏が降りて一人になってから約1年が経過していた。しかし、脚本なんて、これっぽっちも出来ていない。IGの櫻井氏が脚本を書いてダメだった。高畑さんが書いてダメだった。そこに来て、何ら局面の変化もないのに、また新しい脚本家に脚本を依頼しようとしている。

 こんな体たらくだから、会社への報告も苦になってくる頃だったが、とはいえ、坂口さんの参加は伝えないといけない。ぼくは(鈴木さんのキライな)事後報告をすべく、鈴木さんの時間をもらった。

 その日、部屋に入ると、鈴木さんの顔は険しかった。予想通り、こっぴどく叱られた。


鈴木さん「見通しが全然たたない!ここまで時間がかかってるっていうのは、もう出来ないってことだろ、普通は。それに、西村から聞く高畑さんと田辺くんの精神状態は、まったく意味が分からない。やる気があるのか、ないのか、どっちなの。みんな、作りたいなんて思っていないんじゃないか。おれはお前がやりたいっていうから、やらせてるんだ。高畑さんにおんぶに抱っこでどうする!」


 的確にヒットするボディーブローだった。どれもこれも、反論なんて出来やしない。なにせ、自分が思っていることを、そのまま言われているようなものだったからだ。そして、最後の一撃がきつかった。


鈴木さん「進まない理由は、高畑さんが西村を信頼していないからじゃないの?」


 強烈な右フックだった。反論なんて出来やしない。マウスピースは飛び、完全にノックアウトされて、ぼくはフラフラと鈴木さんの部屋を出た。

 K.O.の後遺症でグロッキー状態のまま、その日も僕はいつものとおり、4スタで田辺さんに絵の催促をし、高畑家で企画の話をした。高畑さんは、ぼくを信頼しているのか、そうでないのか。そもそも、人のことを信頼するって、どういう心理なのか。信頼したら進むのか。そもそも皆どれだけ人のことを信頼して仕事をしているというのか。色々と考えながらの深夜、ぼくは高畑家からの帰りの車中、大音量で映画「ロッキー」のテーマを聞いていた。


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