映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 2009年7月28日(火)、高畑さんと脚本家の坂口理子さんが顔を合わせた。テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞、創作テレビドラマ大賞(日本放送作家協会主催)最優秀賞、WOWOWシナリオ大賞優秀賞、城戸賞入選……、数々の脚本賞を受賞した女性脚本家と聞いて我の強そうな方を想像していたが、にこやか、ほんわか、さっぱりした女性だった。

 高畑さんから、NHK「おシャシャのシャン!」を見て感心したという話、脚本作業が停滞している話、坂口さんにお願いしてみるのはどうかと思うまでの一連の経緯が語られた。雑談を一通り終えて、高畑さんが「かぐや姫の物語」の説明を始めた。


高畑さん「色々と調べたり、過去の映画なんかもみたりしたけど、絵巻も含めて資料が少なすぎるんで、時代そのものを描く気はありません。そんなの難しすぎて出来ない。『竹取物語』を題材にしているんで、枠組みはファンタジーなんですが、人物には真実味を持たせたいし、根底のあるのはリアリズムだと思っています。それを、かぐや姫の側から描こうと。地球にいる間、彼女が何をしていたのか。そこを描ければ映画になるかもしれない、なんてことを考えたわけです(笑)。」


 他にも色々と作品に関する会話がなされたが、脚本会議で交わされる会話というのは、もちろん映画の内容に触れるので、割愛させていただく。

 高畑さんと坂口さんの会話はテンポよく進んだ。とにかく、坂口さんの勘の良さに驚かされた。高畑さんが1を言えば、10を理解してくれているような人だった。根本的に高畑さんと相性が良いのか、考え方が近いのか、そのいずれか或いは両方か。そう思っていた矢先、


高畑さん「色々と一方的に話してしまいましたが、坂口さんは、どんな脚本が得意なんでしょうか?」

坂口さん「得意……ですか。得意かどうか分かりませんが、好きなのは、分かりやすくて、ほのぼの笑えて、泣けてとか、そういうのですね。」


 この一言で、高畑さんの顔色が変わった。高畑さんは横にいる僕のほうに身体を向けて、(坂口さんに聞こえるくらいの)ヒソヒソ声で言った。


高畑さん「……なんか、ちょっと違うんじゃないでしょうか……」

西村「……違い、ますか。」


 またダメか、と諦めかけたとき、坂口さんは高畑さんに一つのアイディアを提出した。それは、かぐや姫の「記憶」に関してのものだった。いま、ぼくらが作っている映画「かぐや姫の物語」の中で、決定的な役割を担うアイディアが生まれた瞬間だった。起死回生。その日から坂口さんは、「かぐや姫の物語」の脚本家になった。

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