映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 2009年6月。脚本作業開始から9ヶ月が過ぎた。高畑さん自身が執筆を開始してからは、4ヶ月が経過した。その頃、高畑さんは脚本を部分的に書き上げた。2シーン、A4にして8ページ分だ。概算で約9分間。4ヶ月で9分間ということは、仮に2時間の映画だとすると、脚本完成までに、あと4年以上かかる計算になる。

 4スタでは、田辺さんがゆっくりとではあるが、絵を描き続けていた。ただ、描いては止まり、止まっては止まり、そしてまた、描いては止まる。その繰り返しだ。全キャラクターを描くまでに、いったい何年をかけようというのか。


高畑さん「田辺くんの絵を見ると、まずは脚本が必要です。脚本が明確な部分は、彼も良いイメージで描き続けていますが、そうでないところは考えすぎて、違う方向へ行ってしまっている。」


 だから、その脚本を書いて欲しいのだ。しかし、脚本は4ヶ月で9分間しか出来ない。いったい、どうしようと言うのか。

 そして或る日、ついに高畑さんが音を上げた。


高畑さん「はぁ~、ダメです!集中力が続かない。またか、と思われるかもしれませんが、誰か脚本家を入れませんか。」

西村「脚本家を入れても、また、うまく行かないんじゃないですか。高畑さんが粘って書き続けるべきですよ。頭の中で具体的に出来てるんですから。」

高畑さん「いや、粘れないんですよ。なんでかは分からないのですが、集中力が続かないんです。西村くんがせっかく来てくれても、こうやってお茶を濁しているだけで。こうしている時間もですね、それこそ寸暇を惜しんで!書き続けるべきなんでしょうけど、そうもできなくて。西村くんが来ないなら来ないで、テレビなんか見ちゃうし、来てくれても喋ってばかりで進まない。とにかく集中できないんです。年齢のせいかもしれない。」


 高畑さんは単に逃げたいだけなのじゃないかと疑っていたが、この会話が何度となく繰り返されるので、信じてみることにした。そして、或る日、


西村「分かりました。脚本家に入ってもらいましょう。でも、誰にしましょうか。名のある脚本家にあたることもできますが、高畑さんの中に、場面とかが具体的に出来てますから、超ベテランになっちゃうと、色々とこじれそうですよね。」

高畑さん「そうなんですよね。その可能性は、おそらく高いんでしょうね。でも、たとえば、あの方なんてどうなんでしょう。まだ、新人じゃないかと思うのですが。」


(あの方?)


西村「もしかして、『おシャシャのシャン』の脚本を書いた方ですか?」

高畑さん「そうです。彼女なんか、どうなんでしょうか。一緒に見て、脚本が良くできていると話したでしょう。覚えてますか?」


 長野県大鹿村の村歌舞伎を題材にしたNHKの中篇ドラマ『おシャシャのシャン!』。創作ドラマ大賞を受賞した脚本を、NHKがドラマ化したものだ。そのオリジナル脚本を書いたのが……、


西村「坂口理子さんですね。」

高畑さん「はい。」


 そういって、高畑さんは、スリープ状態になっていたノートPCのマウスを動かした。モニターはスリープ状態から復帰し、そこにはgoogle画像検索の検索結果が、用意周到に表示されていた。


高畑さん「こういう顔をしている方です。」


なんで、顔から入るの?


ぼくは、翌日さっそく坂口さんに連絡をとった。
 

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「おシャシャのシャン!」


(2008年NHK総合放送作品)

 作:坂口理子

演出:松浦善之助

出演:田畑智子

   尾上松也

(写真はDVDジャケット。

発売元:東映・東映ビデオ)