高畑さんの脚本作業は、なかなかはかどらなかった。そんな或る日、高畑家に行くと、いつものように高畑さんがPCへと向かってはいた。しかし、ワードファイルを開いていない。いったい何をしているの!?
高畑さん「西村くん、ピロリ菌って知っていますか?」
西村「聞いたことあります。胃にいるやつでしたっけ?」
高畑さん「そうです。この前の健康診断で見つかってしまったんですよ。胃潰瘍とか胃がんになる可能性が増すらしいんです。本当は退治しないといけないんですけど。」
西村「そりゃぁ、退治したほうがよさそうですね。」
高畑さん「それはそうと、ピロリ菌のフルネーム、知ってますか?」
西村「フルネーム?いや、知りません。」
高畑さん「ヘリコバクター・ピロリ菌って言うんですよ。ヘリコバクター!」
西村「ヘリコバクター……ですか。」
高畑さん「ええ。じゃぁ、ピロリ菌のうたって知ってますか?」
西村「ピロリ菌のうた……、知りません。」
高畑さん「初音ミクは知っていますか?」
西村「あの緑の髪のやつですよね」
高畑さん「ほう。初音ミクは知っているのに、ピロリ菌のうたは知らない……。そうですか。」
そういって、高畑さんはYouTubeを開いた。
ズンズンチャッチャッ
ズンズンチャッチャッ
―♪あなたのからだの中には~
ぴろりろぴろりろ ぴろりきーん
からだをむしばむ細菌~
ぴろりろぴろりろ ぴろりきーん♪
電気をつけぬままの薄暗く静かな部屋で、ノートPCの粗悪なスピーカーから聞こえてくる「ぴろりろぴろりろ ぴろりきーん」。高畑さんはPC席に表情なく座ったまま、ぼくはその側に立ったまま。えも言われぬ空気が漂う。
そして、
高畑さん「……どうですか?」
西村「どうって……」
高畑さん「……ええ、どうですか?」
西村「ええっと、いい歌ですね……。」
高畑さん「わかりますか!そーなんですよ!感じ出てて、いい歌なんです!」
と高畑さんは興奮しながら、初音ミクの「萌え」について考察をはじめた。ぼくらはYouTubeに上っている初音ミクの映像を、かたっぱしから見ていった。
「ねぎを持って、横に揺れているだけで立ち現れるこの『萌え』の感じは研究に値しますよ。ジブリのアニメーターもこれを見て勉強すべきだ」
初音ミクと高畑さんの出会いは、このときだった。その数年後、高畑さんと僕は、初音ミクとまた別の形で再会することなる。
(「ピロリ菌のうた」作詞:ピロリロP 作曲:ピロリロP 歌:初音ミク より引用)