高畑家での脚本作業を進める中、田辺さんのいる4スタへも毎日通った。まずはキャラクター。脚本会議で話されたことを、田辺さんに逐一伝えていく。そのキャラクターに高畑さんが何を込めようとしているか。そのキャラクターは、どうあらねばならないか。曖昧な説明だと田辺さんのイメージには繋がらない。
脚本会議の内容が具体的になるにつれ、高畑さんが話す言葉も具体的になっていく。高畑さんの言葉が具体的になっていくと、田辺さんにも具体的なイメージが伝わる。そして、来るべき日が来た。「子守唄の誕生(仮)」以来、止まっていた田辺さんの手が動きだした。
かぐや姫の爺さんである「翁(おきな)」、婆さんである「媼(おうな)」、かぐや姫に求婚する貴族たちが複数人。「村人A」とか「女B」とかの端役なんて、もっと後で考えればよいのに、そちらばかりを描いてしまうところは御愛嬌。
そして何より、はじめて描かれた「かぐや姫」の絵。もちろん、まだまだ検討の余地はあった。ただ、あれほど強硬に「描けない」と言っていたかぐや姫を、田辺さんが描いた。そして田辺さん自身も、まだまだだと思っていた。攻め時だ。難しいけれど、かぐや姫を粘って描いてみないかと提案すると、「引き続きやってみます」と田辺さんは応えてくれた。
高畑さんの構想を脚本家の櫻井氏がまとめたプロット第一稿が出来つつある頃、高畑さんの中のかぐや姫像も、より具体的に、明確になっていった。
「このかぐや姫は、いわば現代の女の子であり、女性です。引目鉤鼻の平安美人なんて求めていません。今の女の子を、今の女性を描いてほしい。現代の女の子が、あの時代に放り込まれたとしたら、何を思い、何を感じるのか。いまに生きる私たちから見れば当たり前に思えるかぐや姫の反応も、平安の人々から見れば相応しいものではない。だから、かぐや姫は、時にヤンチャでワガママな女の子に見えてしまうかもしれません。でも、それで良いんじゃないかという思いもあるんです。ぼくは、かぐや姫を、現代の女の子として描こうと思うんですよ。」
田辺さんは、さらに、かぐや姫を描いていった。伏し目がちだったかぐや姫の表情がキッと前を向いて、凛とした表情に変わった。無表情に座っていたかぐや姫の顔が、無邪気に大きな口を開けて笑いだした。