そして翌日、とりあえず毎日会って話をしろという鈴木さんの命を受け、高畑さんの自宅に電話を掛けた。
「あ、お世話になっております。Kです」
「はあ、あなたをお世話した覚えはありませんが」
沈黙……。
「し、失礼しました……これからお話できればとお電話差し上げたんですが……」
「はあ、何を話すんですか?」
沈黙……。
「ええと……『かぐや姫』について……」
「はあ、とくに話すことはありませんけど」
苦行の日々が始まった。記者だったころ、「初めまして……」から始まる下書きをモニターに出しておくほど電話を苦手とする私が、乗り気ではない、というよりむしろ迷惑がる高畑さんに毎日電話をかけなければならないなんて!
言うべき言葉はモニターに出しておくとして、電話をかけるタイミングがまた難しい。狙いは高畑さんが目覚めてから一時間後。夜型の高畑さんが起きるのは、だいたい午前11~午後1時(くらいだった気がする)。震える手で電話の番号を押す。まだ寝ていれば掛けなおさなければならず、起きた直後であれば「またにしましょうよ」とうやむやに電話が終わってしまい、遅すぎると美術館などに出かけて不在ということになる。
無事お目通りがかない、お宅にお邪魔することができても「かぐや姫」までの道はまだ険しい。高畑さんが録りためているテレビ番組(多くはドキュメンタリーだった)を見て、いつ果てるともない雑談が続く。雑談といっても、とてつもない知識に裏打ちされたものなので、とんでもなく刺激的で楽しいのだが、夜も更け、日付が変わるころになるとだんだん焦ってくる。「このまま、『かぐや姫』の話をせずに終わってしまうのだろうか……」。
その後、鈴木さんの助手などを間に挟みながら、丸二年ほど、高畑さんの付き人的な立場にあったが、その間企画は二転三転し、私の力ではほとんど前に進めることはできなかった。見るに見かねた鈴木さんが西村義明という助っ人をつけ、私が高畑さんの企画から離れた後は、彼が付き人として企画を進め、いま、「かぐや姫」は完成に向かいつつあるという。
本当に、本当なのか?
当時を知る私には、その公開が発表された今でも信じられずにいる。いったい西村君がどんな魔法を使ったのかは知らないが、あの高畑さんをここまで引っ張ってくる執念は、尋常なものではあるまい。おそろしい男である。
高畑さんの企画から離れて5年ほど経つが、先日、小学二年生になる息子を叱っていて愕然となった。
「なぜ、そんなことをしたのか、わけを言いなさい! ごめんなさい? そうじゃない、わけを言いなさいと言っているんだ、さあ!」
高畑さんの叱り方が伝染っている!