映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


  「『数ある星の中から、なぜ、かぐや姫は地球をえらんだのか?』、これがテーマだ」

 月刊誌「サイゾー」の記者として、ネタに困るとスタジオジブリに鈴木敏夫プロデューサーを訪ね、無礼なインタビューを繰り返していた私は、この一言でジブリに転んだ。

 あれは2004年の暮れだったと思う。年中無休で働いていた私は、一カ月ほどインターバルをおいてからジブリに入社したいと鈴木さんに伝えた。しかし鈴木さんの返事は「映画はもう動き出している。それでは遅すぎる」というものだった。結局、1月31日まで「サイゾー」編集部で働き、2月1日からジブリに出社することに。

 そして、「かぐや姫」企画に参加すべく、高畑監督と対面の時が来た。予想通りのオーラだった。「サイゾー」時代、数々の難物曲者にインタビューを繰り返してきたが、その難物中の難物に位置する鈴木さんの神経が張り詰めている時点で、もうただ事ではない。これは後々わかることだが、相対して会話した時の緊張は、宮崎さんよりも高畑さんが数段まさった。なにしろ、言葉遣いの厳密さがハンパないのだ。つい調子に乗って「それってこうですよね」的な小賢しいことを言おうものなら、すかさずいい加減さを指摘される。そして、“なぜそう言ったのか”を問い詰められる。およそ雰囲気で流すという事がないのだ。それは会話以前に、相槌にまで及んだ。「今うなずきましたが、あなたは本当に理解しているのですか」と。話をもどそう。

  「まず、ハッキリさせておきたいのだが」と、高畑さんが話を切り出した。「たしかに私は、『かぐや姫』はいい企画だと言いました。しかし、私がやるとは言っていません」

 もう動き出しているんじゃなかったの、鈴木さん!?

 言を左右にする高畑さんに「ま、やってみましょうよ」的な鈴木さんの言葉で打ち合わせは終わったのだと思う。鈴木部屋を出て、行くあてもない高畑さんと私は、腹ごしらえをすることになった。食事に誘ってくれたのは高畑さんで、「かぐや姫」という企画に対して何がしか積極的な姿勢が示されるのではと、若干の期待を胸に近所の和風ファミレス「華屋与兵衛」に向かった。

 料理を注文して……おそろしく長い沈黙。「かぐや姫」どころか、雑談すらない。料理がきて、旺盛な食欲を見せる高畑さん。食事に誘ったのは、単にお腹が減っていたかららしい(と、私には思えた)。長い沈黙の末にすっかり食欲を失っていた私は、すごいスピードで食べ終わりつつある高畑さんを待たせまいと、通らない喉に海鮮どんぶりをむりやり詰め込んだのだった。

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