企画が変更になり、決意新たに映画は進むかに思われたが、田辺さんは絵を描かず、「かぐや姫の物語」は一向に進まなかった。高畑さんのモチベーションは下がり、元の状態に戻りつつあった。企画が「かぐや姫」に戻っても、事態は全く好転しなかった。
そんな雰囲気を察したのだろうか。ある日、宮崎さんがK氏のところに2枚の企画書を持って来た。
宮崎さん「パクさんの『かぐや姫』は出来ない。『床下の小人たち』を原作にして『小さなアリエッティ』を、田辺を中心に、パクさんを相談役にして作れ。来年2月から作画イン。再来年の夏に公開だ。」
唐突な宮崎さんの揺さぶりだった。いや、揺さぶりじゃない。「床下の小人たち」は、高畑さんと宮崎さんが若い頃に映画化を企んだ原作だ。宮崎さんは本気だった。
ぼくはK氏から、それを聞いた。「宮崎さんの命令だ。逆らえない。」そう言うK氏と一緒に、僕は高畑さんの家へ向かった。しかし、高畑さんは企画を一蹴した。
「こういうのは若い人間が寄ってたかって知恵を絞って作るのに相応しい企画で、老人が作るもんじゃない。確かに、人間と小人が同じフレーム内に同居するとき、或いはカットを割るとき、どのように人物のサイズ違いを表現しつつ心情を描写するかとか、人間から見た場合と小人から見たら場合の、床や家具等々のマチエールの違いをどう表現するのかとか、演出的な挑戦は色々あるだろう。そういうことを、若い人間が集まって考えればいい。私の企画ではない。」
その報告をK氏から聞いた宮崎さんは、今度は「田辺に持って行け」とK氏に伝えた。K氏は原作本を持って、ひとり4スタに田辺さんを訪ねた。しかし、田辺さんは、にべも無く断わった。
田辺さん「高畑さんは読んだんですか?」
K氏「いえ、読みませんでした。」
田辺さん「じゃぁ、ぼくも読みません。」
K氏「なぜですか?」
田辺さん「ぼくはこの間、何もして来なかったって思われているかもしれないけれど、ぼくは高畑さんの映画を作るために、ジブリに残っていると思っているんです。高畑さんが読まなかったものを、僕が読むわけにはいかない!」
田辺さんは、そういって原作本をつき返したらしい。
カッコいい。言うことは、カッコいい。ならば、高畑さんの映画を作るために、かぐや姫の絵を描いておくれ。1枚でもいいから。