映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 映画企画「子守唄の誕生(仮)」はお蔵入りしてしまったが、やってきたことの全てが無駄になったわけではない。「子守唄の誕生(仮)」で高畑さんが考えてきたことは、「かぐや姫の物語」にも活かされている。しかし何より大きいのは、田辺さんがキャラクターを描いたことだった。

「柳橋物語」までは一切描かなかった田辺さんだが、高畑さんの期待に応えて「子守唄の誕生(仮)」でも合計15枚分、数十体のキャラクターを描いた。弥生顔ではなく九州地方の縄文顔が意識された明治時代の日本人、決して美形とは言えないが魅力ある農村生まれの守子の少女たち、彼女たちに背負われ泣きじゃくる赤ん坊。所謂アニメキャラクターではない、温かみのある、実感のこもったキャラクター達だった。中でも“こども” と“赤ん坊”は、企画が「かぐや姫の物語」に戻るときの高畑さんの決断に、また、その後の描くべきシーンの選択に、大きく関わっている。

 2012年12月15日(土)から、全国の映画館で「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」の特報映像が上映されている。2作品あわせて87秒。まだ内容は出さないという方針のもとに、「かぐや姫の物語」は計6カット、30秒強の予告編を制作したが、当初は1カット、15秒の予告編を考えていた。

 その1カットとは、赤ん坊が寝返りを打ち、ずり這いをするカットだった。田辺さんの絵コンテに描かれた赤ん坊を、原画の濱田高行氏が担当した。描かれたラフ原画を見たときに、思わず唸った。田辺さんも、濱田さんも、一児の父である。ふたりの父親の手で描かれたそのカットを見ていると、そこに赤ん坊がいるかのような錯覚にとらわれた。温かかった。これを見せたい。高畑さんも賛同してくれた。予告編に間に合わせるべくスタッフに無理を言って、優先作業を行ってもらった。

 あの1カットで予告編を作るなんて、今思えば少し無茶だったが、鈴木さんも意図を汲んでくれた。結果、そのカットを含めて計6カットを使うことになった。上映が開始され、予告編を見た方から「赤ん坊のムチムチ感が凄い。あんなの見たことがない」と言われた。凄腕アニメーター2人の仕事に感謝だ。

 前向きに考えれば、「柳橋物語」、「子守唄の誕生(仮)」は、田辺さんのもうひとつの才能を花開かせる上で、必要な通過点だった。それにしても、田辺さんが描いた守子の少女たちを思い出すと、つい思ってしまう。断片でいい。いつか映像にしたい。


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↑田辺修演出「読売新聞CM 瓦版編」から。