映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 夜。鈴木さんの執務室だった。4人掛けのテーブルに、4人が座った。高畑さん、鈴木さん、K氏、僕。K氏は、高畑さんの前に、キャラクターが描かれた紙を差し出した。田辺さんが、初めて描いたキャラクター。B4用紙、2枚分。

 高畑さんは無言で、1枚目を見た。じっくりと見ていた。そして、2枚目を、またじっくりと。

 鈴木さんも、僕らも、黙って高畑さんの言葉を待った。10数体のキャラクターを見るのに10分だったか、20分くらい経った頃か。高畑さんが言った言葉を、ぼくは覚えている。高畑さんは、キャラクターが描かれた2枚の紙をテーブルに戻して、こう言った。


  「くやしい。」


 そう言った。

 そしてさらに、こう言った。


  「いやぁ、うまいですよ。あはは。」


 自分がいくら頼んでも、一枚の絵すら描かなかった田辺修が、「柳橋物語」ならばと、すんなり描いてくる。「くやしい。」 その一言から、これまで企画が実現してこなかった高畑さんの心中が、垣間見えた気がした。そして、その絵はうまい。感じが出ていて、うまい。笑えてしまうほどに。

 しかし、


 「しかし、できない。」


 そして、高畑さんは憤りを込めて話しだした。


  「彼はどういう考えで、このキャラクターを提出したのか。こんなキャラクターで大人数が関わる長編アニメーションが作れると思っているのか。たしかに上手いですよ。でも、彼にしか描けません!誰も描けませんよ、こんなのは!このキャラクターで長編を作ることがどんなに大変なことか、彼は全く分かっていない!」


 そして、言った。


  「それに私は『柳橋物語』をやるつもりは全くありません。」

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