映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 ぼくらは、それぞれ、自分たちの気持ちを話した。ぼくは、自分の話すべきことに集中していて、ぼくの前にK氏が話したことを覚えていない。自分が話したことしか覚えていない。でも、同じ気持ちだったと思う。

 ぼくらは映画を作りたい。高畑勲の映画を作りたい。なぜなら、高畑さんの映画を見たいからです。他の誰かの映画を見たいわけではない。いま、高畑勲の映画が見たい。

 日本のアニメーション映画に欠けているのは優秀な演出家です。優秀なアニメーターはいる。しかし、演出家がいない。高畑さんよりも優秀な演出家がいるならば、ぼくらは、ここに来ていない。その人の映画が見たければ、その人に頼みに行っています。

 宮崎さんは最高のアニメーションを作るかもしれない。しかし、高畑さんは、最高のアニメーション映画を作る。面白い映画を作りたい。高畑さんに映画を作って欲しい。企画だけとか、脚本だけとかでなく、映画監督として最後の作品を作って欲しい。ぼくらは高畑さんの映画が見たい。

 高畑さんは、腕を枕にして、ごろりと横になった。終始目をつむって、険しい顔で聞いていた。ぼくが話し終えて数分間、もしかすると数十分、高畑さんは黙っていた。そして、大きなため息をひとつ吐いて、つぶやいた。

  「わかりましたよ。やりますよ。」

 ぼくらは高畑さんのその言葉を聞いた。いま、言ったよね?K氏と僕は顔を見合わせた。そのまま、ちらりと横目で高畑さんを見た。高畑さんは目をつむったままだった。でも、少し微笑んでいるように見えた。


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