映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明」(2013年4月15日~9月1日)を再録


 スタジオでは朝から晩まで、色々なところと電話でやり取りをする。その際のご挨拶、「お世話になっております。スタジオジブリの○○です」。この言葉を聞くと、ぼくには思い出される、ある一日がある。

 2006年11月。当時ぼくは、映画「王と鳥」と「ゲド戦記」の宣伝の仕事を終え、鈴木さんのアシスタントをしていた。座席はジブリ第1スタジオの3階。鈴木さんの執務室の真横だった。

 ある日、ぽけーっと机に座っていたら、鈴木さんの部屋から「にしむるぅぁあー!!」と呼ぶ大声が。また、怒られんのかなぁ、と沈痛な面持ちで鈴木さんの部屋へ。すると、高畑さんの映画企画を担当していた同僚のK氏が、「気をつけ」の姿勢で立っている。

  鈴木さん「K!西村に説明して!」

 K氏は僕に向き直り、説明をはじめた。

 高畑さんの企画を進めるには、高畑さんと話す必要がある。ただ、高畑さんはジブリの従業員でも役員でもない。つまり、常時スタジオにいるわけではない。なので、高畑さんと話すためには、自宅に会いに行かなければいけない。会いに行くためには、電話をかけて時間をもらわなければいけない。そこで、K氏は電話をかけた。

  トゥルルルル。トゥルルルル。

  ガチャ。

  高畑さん「高畑です。」

  K氏「あっ、お世話になっております。スタジオジブリのKです。」

  すると高畑さん、しばしの沈黙の後に答えた。

  高畑さん「……あなたを“お世話”した記憶が、ないんですが。」

 お世話になっております。会社人間の社交辞令だった。K氏は、高畑さんの予想外の対応に戸惑い、その日は会う時間をもらうことができなかった。そして、あくる日。

  トゥルルルル。トゥルルルル。

  ガチャ。

  高畑さん「高畑です。」

  K氏「あっ、あの、お世話になっております。スタジオジブ」

  高畑さん「だから、“お世話”してないって、言ってるでしょ!」

  ガチャッ!

  プーッ。

  プーッ。

  プーッ。

 その日からK氏は、高畑さんに電話をするのが怖くなってしまったそうだ。高畑さんは言葉に厳密な人だった。

  鈴木さん「ってことなのよ。だからぁ、明日から、お前、高畑さんの担当して!お前が電話すること!Kと一緒に高畑さんとこ行って、映画作って!」

  西村「え?いや、だって、ぼく、朝から晩まで鈴木さんのアシスタントしてるし、それに……、」

  鈴木さん「いいかるぅぁあ!両方やるのっ!!」

 その日から僕は、高畑さんの映画を作っている。

 あれが今から7年前のことだった。

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