マネジャーの青木です。
ハヤカワが勉強しすぎてついにぎっくり腰となり、這い回っているので、僕の連投で失礼します。
敬老の日が過ぎました。
サロンには、僕たちと世代の近い50~60代のお客様が多いですが、最近はご老境の親御さんの話が多いですね。ご健在でも病気、介護、終活、相続と、、課題は山積み。
僕は「プロマザコン」とハヤカワに揶揄されますが、大学では女性学を専攻し、卒業後は漫画プロダクションへ。退社後はハヤカワと共に会社を営みながら、母・みつはしちかこの本の編集を手がけて20余年。気づけばみつはしも85歳になりました。来年は漫画家65年周年です。
美輪明宏さん、草間彌生さん、倉本聰さんーーー昭和ひと桁の大先輩方の訃報が続きますが、それでも戦前戦中生まれは元気だなあと感心するこの頃です。
彌生さんとちかこさん……似てない?
口を開けば「名前が出ない」「漢字かけない」「手が震える」「メガネはどこだ」「何もかも忘れた」「もうだめだ」とぼやきまくる母ですが、漫画家だけあって、いまだに目は鋭い。みんなでようかんを分け合うと「私だけ(2ミリほど)多いけど、いいの?」などと言います(怖い)。
終戦後のひもじい日々の名残もあるかもしれません。耳もいいので、うっかりクッキーやサプリを床に落とすと「落としたものを私に食べさせないでよ」などと言います(怖い)。
過去の思い出や、自身の”感覚”についても驚くほど鋭敏なので、油断がなりません。
心も十代の少女のまま(セルフイメージ)なので、たまに夜中に鏡を見ると、見慣れぬ高齢者が映っていて「ひえっ」と飛び上がってしまうそうです。
ときどき漫画本の復刻出版の打合せをすると、「こんな原稿があったの・・」とぼんやりしつつ、「このエッセイどこから出てきたの?あんがい面白いわね」と、他人のように感心しています。
そしてひとり暮らしを継続中。さすがに最近は家族が泊まり込むことが増えましたが、まだまだひとりの時間が欲しいのだそう。
夫の死後、郊外から移り住んで十数年になる都心のビル街の一角、大好きな野の花のない息苦しい環境でも、わりと平気な顔で暮らしています。
そんな近況から〜過去数十年にさかのぼったエッセイ『ひとりを楽しむ小さな習慣』が刊行されました。
この人の若さというか、衰えない創作力の一端が、こんなフレーズにあるかもしれません。
「漫画を描いていると、正確にはわからないものがいろいろ出てきます。
スマホで調べると、あっという間に正確な姿が出てきます。
たとえば私の好きなコスモス。コスモスと呼べば、次から次へと正確な姿のコスモスがいっぱい出てきてくれる。
自分の想像力を膨らませなくていい。
これが正しいコスモスの花… …でも何か違う… …何だろう?
そうしたら私の大好きなコスモスではなくなった」
「私のコスモス」は私の中にしかない。なので、コスモスは6枚が正しい。創造力がエビデンスを超える瞬間です。
AIの言う正解どおりに8枚の花びらを採用したら、自分が消えることを、なんとなく知っているこの人は、にんげんの”最後の砦”を無意識に守り続けている気がします。
『小さな恋のものがたり』より。たしかに花びら6枚でした。
「観察したい」意思も強くて、入院中のような制約の中でも、ひとりぼっちで観察眼を鍛えていました。
(中略)空と、ビルと、人。窓から切り取ったような世界を、ひとり、ずっと見続けることは今までなかったですからね。「怪獣みたいな雲だな」「みんな元気に働いていて偉いな。あの人はどこへ行くのかな」「今どきの若者は長い脚をしてるなー」とか、眺めたものからいろいろ空想するのが楽しかったですね。
老婆が景色をぼんやり眺めていたら、僕はただ「おばあちゃん、ぼんやり眺めているんだな」と思い込んでいましたが、撤回します。
若者の脚の長さに思いを馳せるからこそ、85歳にして、70歳も年下の高校生・サリーを描けるのかもしれません。
なんでも楽しんでネタにするという意思。結局、人は意思をもつ限り衰えないのでしょう。
こんなふうな「日々のわたしの観察と習慣と思い出の掘り起こし」エッセイですが、よろしければ、秋の夜長のおともにどうぞ。
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つづいて、以下は今夏に刊行されたものです。
朝日新聞日曜版に20年間連載され、TVアニメにもなった『ハーイあっこです』という作品の復刻版。
作者の青春の思い出が『小さな恋のものがたり』としたら、家庭人としての日常を描いたのが本作です。
『ハーイあっこです傑作選 昭和の家族のものがたり』
「セツコさん」という、みつはしの実際の義母(明治生まれ)をモデルにしたお姑さんをはじめ、昭和後期のほのぼのファミリー漫画です。
右の長男・タローくんは、僕がモデルというか元ネタになっているようです。(小学生までおねしょしてた、とか)

タロー誕生の瞬間の主人公・あっこの第一声は「すごいの産んじゃった」。僕や兄の誕生時のインパクトが、母の創作をリアルに後押ししたようです。
どんな細かい出来事も目で捉え、手で表現する、その観察眼と表現力。その根底にある、身内をキャラ化して世に出すことをいとわない”図太さ”が、ヒトとしても作家としても長寿の秘訣なのでしょう。
年末~来年上半期にかけては、こんな企画展にもお呼びいただく予定です。
”昭和マンガ文化の聖地”として今もにぎわう豊島区の「トキワ荘通り」にて。みつはし作品以外にも”カワイイ”のルーツ的マンガがお目見えします。
本日も皆様にありがとうの木🌳










