皆様、新春おめでとうございます。
昨年も色々ありましたが……個人的には精一杯はたらけて、充実した一年でした。💪
 
今年は、社会的にはもっと揺さぶられたり、具合の悪い方が増えたり、でしょうけど、
自分のすべきことを粛々とすれば大丈夫。私は施術し、宿を営み、ギャラリーをあけ、走り、合氣道に励み、勉強したいと思います。あと仲間の応援をしたい。
 
 
 
年末は、はじめて沖縄で過ごしました。冬でも気温20度近かった…。
 
なぜ、急に、「名護」というちょっとマニアな土地を訪れようと思ったのか、自分でも謎でしたが、ひとつにはCS60の仲間との共同施術。これは次回に書きます!
 
 
そして、名護行きを決めてから発見したんですが、25年ほど愛飲している大好きなドリンクの工場が偶然、名護市にあった! こんなことってあるんですね👀
 
嬉しくて、凸撃見学をさせて戴いたら、話が進んで、お取り扱いをさせて戴くことになりました。次回、ご紹介しますね。
 
 
 
 
 
那覇空港から街へ出た瞬間、「あ、ここは日本ではない、外国…」と感じた空気。閉塞、開放、封印、歓喜。複雑なですね。
 
 
まずは現地のレディ×レディ御夫婦に、カーボンバランサー をお渡ししました。こうしたカップルがのびのび暮らせる、懐の深い土地なのですね。
 
 
からの…
 
開放感、光、ぬくもりに満ち、何を食べても美味しくて。 すいません、角煮バーガー食べてしまいました😆
 
 
吉兆、パラグライダーをみつけました。1995〜97年に、私もハンググライダーをやっていました。今年は安曇野でパラを始めたいな。自分がドローン化して安曇野を撮影したいです。
 
 
ときに、息苦しいスポットもありました。有名な「Nグスク(城)」跡では血の気配と負の何か…を感じ、直後に数時間寝込んでしまいました。ご当地の方も「私達もあそこはダメです…」と仰っていた。やっぱり複雑ですね。
 
 
寝て走れば、元気を回復できます。旅先の聖地に許可を取ってランニング。
 
しかし土地の方々に「おはようございます」と挨拶すると、「はあ…ちょっと不満」と困惑した表情。
「なんだろう?」と思っていたら、地元民いわく、
「沖縄の人には、ジョギングという習慣がないので、不審に思われたんでしょう😆」。  そうなの!?
 
 
こちらは、おすすめで宿泊した「EMウェルネス暮らしの発酵〜リゾート」 。

 

 

 

食生活に気を遣っていそうな家族連れが多くて、浴場で見る幼児たちは丸々と、母の胸に抱かれ、幸福そう。
ですが、ふと、こういう場所にリーチしない親子のことも考えました。
 
素泊まりなら大人一人7000円〜です。オーガニック(風)の良し悪しはともかく、多くの選択肢が多くの子どもたちに行き渡ってほしいと思う。
 
 
さて、旅行した理由のひとつが「12/28に潮目が変わる」「今のうち沖縄に行っておかねば」という予感。これが一番意味がわからなかった。
 
全行程の中でぽっかり空いた28日、前夜になっても、どこへ行ったらいいのか「?」
 
夜明け頃、ベッドで「気高い島」という単語が湧いてきましたが、「? ? ?」
しばらくボーと考えてもわからない。朝食を終えた夫に伝えると
「は? もしかして、久高島のこと?」
「あ、たぶんそれだ」
「今から? もう10時よ? 予習ゼロで? ガイドもなく? フェリーで行くところだよ? 無理だよ」
 
恐る恐る検索してみると、「琉球発祥の地」と言われるそこは神の島。呼ばれた者しか渡れぬ、いにしえは男子禁制の、SSS級の秘島の一つ。
 
さすがに予習ゼロ、ガイドなしでは無理……でしょうけど、ダメ元で電話をしたら、
とあるガイドさん一人が「午後からポッカリ空きが出たよ」ですって。 
 
「嘘でしょ😵‍💫」
 
泡を吹いてる夫を車に積んで、
国道311を飛ばし、フェリーに飛び乗りました。
 
 
 
 
 
もう、久高島については私の説明など、不要でありましょう。
少し調べただけでも、沢山の方が記述しておられます。
祈りに満ちた神の島。何人たりとも冒すべからず。
 
突撃上陸自体がもうすでに冒している気がしますが、
不遜をお詫びした上で、この島に12/28、渡れたことは奇跡でした。
 
 
 
光あふれ、命あふれ、音にあふれ、色にあふれ。
 
 
なぜかガイドさんに「ぶら下がって」と強く促されて、島随一のおばけガジュマルにしがみつく。
奇妙なエフェクト画像になってました。邪気を払って戴いたのかしら。
 
そして大量のシークワーサーを落とされ、袋に入れさせられる。 邪気を払って戴いたのかしら・その2
 
 
 
 
神の島なので猫まみれです。
 
 
ここではハイビスカスも変わり種。コキオという原産種に近いのかな、凛とした雌しべ、踊る雄しべ。
 
 
12年に一度の、神女たちの秘儀。イザイホーの場。1978年を最後に、今は儀礼を受け継ぐ神女がおられません。
 
しかし、代々「神女」たちが祈ったその場で感じたのは、いま日本の女性たちに出来ることがあること。
 
 
ガイドをしてくれた温厚なXさんは、島の歴史を語るとき、「薩摩に攻められて…」と何度か「サツマ」に語気を強められましたが、
 
「大和朝廷」、ひいては「日本」は我が歴史にあらず。と思っている、古い民がおられる。
 
神話は統治のために作られたメディアであり、社⛩は聖地にすげ替えられた畏怖のシンボル。そういうことを忘れられない、古い古い民が。
 
 
いま志のある方達が、政治を、社会を取り戻そうとしているけれど、
男のように政をし論を張り、力を遣うのではなく、女には女のやり方がある。マウントでなく集合の氣を使って。
 
たとえばこんな、聡明で、んだ思考力を私たちに持たせてくれる遣い手。
集団で祈る概念が苦手な自分も、こういう方とならご一緒させて戴きたいと思えています。欲で膨らまなければ、現象を動かせる。
 
「本物は世に出てこない」ということばがあるが、いま世に出てこない本物は、本懐ではないんじゃないかな。
 
自分こそは本物を知るというような矜持と我欲を、集団に向けて手放せれば、女達はもっと靭やかになれる。これからもっと出てこられるでしょう、ちゃんとした遣い手の女性たちが。
 
そんなことを、光あふれる島で考えました。
 
 
眩しくて、立っていられないほどの。
 
 
 
 
 
 
 
島で代々祀りを取り仕切ってきた、元区長さんの御宅(*)に上がらせていただき、三線を聴かせていただきました。何とも物がなしく、喜ばしく。
島には私有地という概念はありません。共有地。
 
 
 
ーーー翌日、帰京の前には「せいふぁーうたき(斎場御嶽)」にも寄らせて戴きました。
 
ここは久高島とセットの祀り場。琉球王国の生命線が秘されています。
 
しかし前日までは「地獄の斎場…?」「滝…?」
 
という、私ごときが記すことは何もないと思いますが、
判りやすそうな記事を、ご紹介させて戴きます。
 

 

 

 

 

 

 
 
首里城にも、美ら海水族館にも行かなかったけれど、私はこれで、今回の御訪問のすべてが済みました。
 
 
 

 

 

この奥穴の「向こう」が畏かったです。あまりまじまじと凝視してはいけないものだと思う。特に男性。
以下2枚
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何もしらなくても、知識がなくても、圧倒されてしまう。場によって磁力がとても強いんですね。だから、立ち眩みなどが起こるのでしょう。
 
ここが「昔はなにであったか」を、感じられた方も。
 
 
 
 
頭のうしろでは、ずっと三線が鳴り響いていました。
 
 
 
 
ふしぎなことに、帰京した翌々日、井の頭公園を歩いていたら、池のほとりで三線を弾いている方に出会いました。
 
 
南大東島という、秘島中の秘島で修行された奏者「中川樹海」 さん。
 
澄んだ声で、唄っておられましたよ。
 
 
「メデタヤ メデタヤ」