・「空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎」
期待 ○
没頭 ◎
結果 ○
好感 △
リピート △
ーー「あれ?」ていうのが、観始めてすぐ感じた印象。
なぜ「あれ?」なのか。
単刀直入にいうと、タイトルのイメージからかけ離れてしまったから。
ちゃんと映画の予告編を観て、サブタイトルまでしっかりと目に焼き付けてから観たら、こんな違和感を覚えなかったのかもしれない。実際、予告編も何度か目にしてて、CGがしつこくて派手そうな雰囲気とか、楊貴妃の死の謎を追うという推理サスペンス的要素も多少考慮していたつもりだった。でも、僕の頭には「空海」というタイトルだけが強くインプットされていたので、映画への期待やイメージも空海を中心に膨らんでいったようだった。
ひとことでいうと、この映画のタイトルは「空海」にあらず。中国語タイトルの「妖猫伝」がふさわしい。あくまでもメインとなる「妖猫伝」という中で、空海という主要人物が登場して白楽天とともに謎を解明していく、というストーリーだ。
そういう意味では、期待に反して、言葉は悪いけど「うわ、騙された」て思いながら、しばらくは観ていた。というのも、CG(て呼びかたでいいのかな)を駆使してリアルに再現するのは良いのだけれど、グロテスクな面をそこまでリアルに再現しなくてもというくらい、しつこく見せつけられてしまった感があるからだ。周りの客は比較的高齢者が多くて、おそらく僕と同じような感想を持った人は少なからずいたんじゃないかな、と思う。
そう、これは「妖猫伝」であって「空海」ではない。
タイトルを「空海」にしたほうが、日本では高齢者や僕みたいな人まで動員できるだろう、という商業的意図をヒシヒシと感じながら、それこそ不快感すら持って観てた、というのが正直な感想。
ちなみに映画のタイトルという点では、以前「怒り」という映画を観た時も、「このタイトルじゃないよなぁ」て感じたことがある。「怒り」という映画のタイトルは「疑い」または「疑念」というのがふさわしいと僕には思えた。
「空海」に話を戻すと、作品への先入観という意味での期待は大きく裏切られた感が強かったし、正直、不快に感じるシーンが多すぎたけど、作品自体はすごく手のかかったもので見応えは十二分にあった。謎を解明していくという意味では、すごく没頭できて夢中になれた。セットやCGにも、ものすごく労力をかけてそうで、それはそれで壮大だったと思う。ストーリーも面白い設定だった。
ということは、結局のところ、この作品は「盛りすぎ」ということなのかもしれない。
少なくとも、僕にとってはそうだ。正直、映画を見終わってすごく疲れた。「盛りすぎ」たために、刺激が強すぎてかえって良さが隠れてしまったような作品、といったところだろう。