12月に入って、珍しく青空が広がったクリスマスイブのイブ。
海も凪いで、小春日和という言葉がピッタリの祝日の午後のことだ。
とあるクリスマスイベントを冷やかしがてらに覗きに行く途中、海辺のベンチに腰掛けてランチのパンを頬張っていた。
ぼーっと海を見つめながら食べるチョゴデニッシュがうまい。
と、耳を突き刺すような声がした。
「落ちた!」
ふと、顔を上げると、さっきまでイベント会場に向かいながら、はしゃいでいた兄妹のお母さんが海に駆け寄って行くのが見えた。
とっさに駆け出していた。
口の中で、チョコデニッシュがモサモサとして気持ちが悪い。
海を覗き込むと、リュックを背負った女の子が海に浮いている。
女の子は何が起こったのかわからないのか、騒ぐことなく固まっていた。
隣では、お母さんがオロオロしながら、飛び込もうと上着を脱いでいる。
自分が行くしかない。
なぜだか、きていたダウンを脱ぎ、iPhoneをポケットからわざわざ出して地面においた。
後から考えると、何をしたかったのか自分でもよくわからない。
一瞬だったような気もするし、数分そうしていた気もする。
映画の回想シーンのように、断片的な映像のみが頭に残っている。
「いってくる」と言い残し、海に飛び込んだ。
飛び込んだというよりも、飛び降りた。
イメージの中では、すぐに浮かんで、女の子を確保し、平泳ぎかクロールで悠々と助ける・・・
はずだったのだが、ドボーンと沈んだ自分の体が重いのか、相当深くもぐってしまった。
上のほうに水面がきらきらしていた。
服が重い。
手足が思ったとおりに動いてくれない。
俺がおぼれる・・・とっさそう思った。
もがくように海面に顔を出すと、女の子を捜し、無我夢中で抱き寄せる。
このときの自分の行動をあんまりよく覚えていない。
とにかく、岸壁から離れないように立ち泳ぎしながら、気持ちを落ち着けてみた。
口の中で、チョコデニッシュのチョコレートと海水が混ざって気持ち悪い味がする。
なのに、モグモグ食べている。
グリグリと首を振り、前方のはしごを確認すると、犬掻きで泳ぎ始めた。
平泳ぎしたかったのだが、うまくバランスが取れなかった。
1秒でも早く、1mmでも前に進むには、犬掻きしかできない。
われながらブサイクだなぁとおもう。
正面に停泊していた船の上で浮き輪を手に持って走ってるのが見えた。
そこで、もう大丈夫だと確信した。
意外と体力を消耗している。
早く浮き輪を投げて欲しい。
不意に波が顔を洗う。
息するリズムを崩され、手足がじたばたしてしまう。
「にがい・・・にがい・・・」
女の子のそんな言葉が聞こえた。
チョコデニッシュがモサモサした口を動かし
「もうすぐだからね」
と吐き出すのがやっとだ。
周りで大人が叫んでいるのが聞こえるのだが、イヤホンから漏れる音を聞いているようでよくわからない。
と、目の前に浮き輪が見えた。
救助用のオレンジ色したおなじみの浮き輪だ。
もがきながら、一所懸命浮き輪をつかみに行く。
「引くぞー」
そう聞こえたと同時に、体がすーーーーっと前に進む。
浮き輪のロープを引いてくれているようだ。
助かる。
時折、岸壁を足で蹴飛ばしながら、ようやくはしごのところまでたどり着いた。
上から伸ばされた男性の手に女の子をたくし、陸を見上げると、たくさんの顔が覗きこんでいた。
女の子が陸に上がるのを見届けてから、ゆっくりとはしごに足をかけた。
重い・・・。
足も体も何もかも。
そして、口の中のチョコデニッシュをごっくんと飲み込んだ。