■文房具話。昼休みのお弁当仲間、Tさん。小柄で細くて私よりもかなり年上だけど、物腰柔らかく色白美人で、本当に可愛いおしゃれなお姉さん。いつものように昼食を摂った後、おしゃべりの合間を縫って手帳とペンを取り出した姿が視界の端にちらりと映る…あれ、今日持ってるペンはいつもと違うなぁ…?? いいペン持ってるなぁ…。ノックじゃなくてツイストで芯を繰り出してる…そういうペンにしてはやや細身スタイル、鈍い赤にゴールドのプレート、そして、平たい天冠部分に白い六芒星のマーク…!?
■「いいペンをお持ちですねぇ…!!」
「へ? いいペンなんですか? とても使いやすいし、今日は机のペン持ってくるの忘れちゃって…もう6年くらい使ってるんですけど…」
「そのマーク、モンブランのマークですよ。」
「もんぶらん…????」
「ほらー、ここに刻印してあるでしょ。ドイツの高級筆記具メーカーですよ。私のような悪筆は恐れ多くて手が出ませんが…。多分、それ、一生モンですよ。」
■ここで外野その1が口を挟む。「それってお高いペンなんですか?」
「んー、多分高いと思う。万単位だと思うよ。」
「えーーーっ!? そんなにするんですか!?」
「これ、戴き物で…書きやすいからちゃんとしたものを書くときにはこれを使ってるんですけど…。」
「いい使い方ですねぇ…。手紙とか、サインとか、大事なシーンには自分のお気に入りのペンで書きたいってときがありますよね! 私もそういうペン、こっそり持ってますよ!」
「あ、やっぱり!? 差し出されるペンよりも自分のペンで書きたいですよね!」
「うんうん…うんうん…。」
「出かけてる時とかに書き物するとき、バッグ開いて1本しか入れられないケースの中から自分のペンを取り出して書くのがなんかかっこいいような気がして…ね?」
「そうそう。また、カチっってノックするんじゃなくてツイスト式なのがいいんですよ。その瞬間の一瞬の静かな緊張が…。」
「インク、どれくらい持つ物なんですかね? 戴いてから一回も交換してないんですけど…」
「このテのペンのインクは大容量ですからねぇ、結構長持ちしますよ。」
「開け方もわからないんですけど…」
「これは、こことここを持って、ぐりっと捻ると…」
「開いた! LUCIさん、すごーい!」
「もしも今書いている字が少し太いとか思っているんだったら、ここに書いてあるアルファベットが“M”だからですよ。」
■ここでまた外野その1が騒ぐ。「ペンの芯にもS、M、Lがあるんですか?」
「……いや、似たようなもんだけど、ざっくり言うと細い方からEF、F、M、Bってなってるよ。EFはエクストラ・ファインで極細、Fはファインで細字、Mはミディアムで中字、Bはボールドで太字のことね。洋物のペンはデフォルトでMが入ってることが多いかな。アルファベットって画数少ないし、漢字みたいにちまちま書き込まなくていいでしょ。」
「そうなんですね!でも、全然普通に使いやすいです。」
「レフィルは大きな文具店に行けば売ってますよ。1本1000円くらいかな。」
■興味津々の外野その1、「たっかーーーーい!!」。
「んーー…どうなんだろうね? 6年前にもらって一度もレフィル交換せずに今日まで来てるって、却って安く上がってるんじゃないかなって思うけど…。いいものを大切に使い続けてるっていう誇りも持てるよね。Tさん、レフィル使い切って書けなくなったからって、本体ごとゴミ箱にポイなんてしたら、私、拾いに行きますからね!」
「絶対そんなことしません! でも、このペンって…戴いたときには普通に“ありがとうございます”って言っただけなんですよね…そんなにいい物だったなんて知らなくて…。」
「Tさんはその人にとって大切な人だったんですね、きっと…。」
「もっとしっかりお礼を言っておけばよかった…。」
「…浅ましい話だけど、定価知りたいですか? 私、多分探せると思いますよ。」
「えー! じゃあ教えてください!!」
■天下のモンブラン、正体はたちまちの内に判明しました。口頭で言うのもなんだから、Tさんのペンの銘柄と価格を書いた小さなメモを、そっと手渡しました。Tさんはメモを受け取ると、空いた手で口を塞ぎ、目をまん丸く見開いて、しばし硬直。
「これ…本当ですか?」
「本当ですよ。」
「うわー…、どうしよう!? うわー…!!」
それまで黙っていた外野その2がぽつりと口を開く。
「やっぱり、いい物って、わかる人にはわかるんですねぇ…。」
「うん、自分、文房具好きだから余計にね…。あの白い雪の結晶マークは、葵の御紋に匹敵するって思ってますから。」
■微妙に話しに入って来れない外野その1、半分つまらなそうに「LUCIさんもぉ、いいペン持ってるんですかぁ?」
「持ってるよー…。」
「見たい! 見せてください!」
「モンブランほどじゃないけど、これ…。」
……胸ポケから取り出しましたるペンは、ボールペンの書き味に定評があるスイスのC社製。真鍮ベースシルバープレート&プラチナコーティング仕上げのボディ、鏤められた62粒のスワロフスキーが描き出す冬の夜空…こだわりの限定版、専用のベロアポーチ付きっていうワザモノ。第1章、第2章は見送ったけれど、第3章はどうしても手に入れたかった。ウチの新顔だよっ♪ まいったかっ♪♪
■「…………でもぉ、こういうのってぇ、使うのもったいなくないですかぁ?」
「別に。使ってこそのツールだし。」
「使ってみると、いいものはいいですよね! お話聞いてなおさら大切にできそう。よかったー…ありがとうございました!」
「こちらこそ。眼福でした。ありがとうございました!」
■外野その1の「でもぉ、私、字書かないしぃ…」が、やけに空元気を含んでいるように響いた昼下がり、いつも大人しいTさんの素敵なこだわりを垣間見られたのが嬉しく思えました。