~初めてのゲーム~
第二回目のGuu’s Columnは題して
「ゲームの原体験」
そもそも、僕らっていつからゲームしてたんだっけ?
というか、なんでゲームしてんだっけ?
ということについて考えていきたいと思います。
デッデーデレ、デッデーデレ、ペプシメァァァァァァァアアアアアン
でも、気づいたときにはゲームボーイカラーを握ってましたよ。
一番記憶に残っているのはコロコロカービィですかね笑
とにかくムズかった印象があります笑
自分が幼かったからか、難易度がそもそも高かったのかは
定かではありませんが笑
もうごく自然にやってる。
大人になると何をやるにつけても理由を探しがちだけど、
あの頃は遊びに対して純粋だった気がします。
難しいこと考えずに、ただ「楽しい」を追っていたというか。
もう死ぬんじゃねぇかと笑
~いつから「大人」になったのか~
楽しむつもりでやってることに
なぜか「義務感」を感じちゃってることがあるんだよね。
という冗談はさておき、、
遊びにいってもなんかすっきりしない、モヤモヤが残る。
昔は鼻水たらしながらかじりついてたゲームも
徐々に徐々に買いためる一方になっていったりして。
興味の対象がゲームだけにおさまらなくなった、
という説明もちらほら見かけるけど・・・
実際のところどうなんでしょうね?
子供のころって 感性>論理 だけど
大人になるにつれて 感性<論理 になってるんじゃないでしょうか
子供は「やるべきかどうか」ではなく「やりたいかどうか」で
判断してる、というかその判断すら無意識に行われてるんだけど、
判断してる、というかその判断すら無意識に行われてるんだけど、
年を取ってくると「どんな良いことがあるのか」とかを
打算的に計算してしまう、という感じでしょうか。
科学的裏付けとかはわからないので、あくまで印象論ですが。
ちょっと右脳か左脳かみたいな議論に近いかもですね。
でも、ふとしたきっかけで
「こんなことして一体なんの意味があるんだ」
「こんなことして一体なんの意味があるんだ」
と冷静になることがある。
「時間の無駄じゃないか」と。
単純な感性の問題から、計算の世界に突入するんですよ。
長くなるので、続きは次回にしましょうか。
次回
「ゲームはただの時間潰しなのか?」
次回
「ゲームはただの時間潰しなのか?」