次世代に残すということ | Studio Forest ・・・ 森に暮らす

次世代に残すということ

今朝、散歩の道すがら、真新しい切り株を見つけました。直径4~50センチはあろうかというずいぶん大きな切り株。

カラマツかな、、、、、ふと思い立って年輪の数を数えてみました。

真ん中付近は判然としませんが、ゆうに60は数えることができました。

60年。

終戦直後に芽をだした木が、ずっとここで森を見つめ続けていた。


年輪の幅が狭いところもあれば、広いところも。

この樹は30歳くらいの頃が最も成長が著しかったみたい。

1980年代か・・・私は何していただろうか。





去年、近くの赤松の森が伐採されました。組有地といって、地域の自治会が管理している森です。

植樹から100年。成熟した森は伐採し、新しく植樹するそうです。

「ひいおじいさんがたちが植えた木を、俺達が切って、そこへ植えた木は俺等の曾孫が切るようだな」

伐採に来ていた人は、そういって笑いました。





いま、中部横断道が、この森を蹂躙するかも知れないという話が持ち上がっています。

心ある人たちは、この森を守ろうと立ち上がりました。

そのホームページのトップには、次のようなことが書かれています。


「高速道路ではなく 自然と景観のある八ヶ岳南麓を次世代に残したい」




八ヶ岳南麓は、都会からたくさんの人が移住してきています。

「永住」という、どちらかというとリタイヤ後の第二の人生をこの地で過ごそうという人ばかりでなく、

この地に根をおろし、子を産み育て、人生をこの森とともに生きようという人々もたくさん、「移住」してきています。

都会の乾いた暮らしに疑問を感じ、朝日とともに働き、夕陽とともに家に帰る。そんな当たり前の暮らしをしようと、この地にやってきた人々です。


この地で生まれ育っった子供たちは、この「八ヶ岳南麓」を自らの「故郷」と思うでしょう。

自分たちを育んだ、豊かな森、野を渡る風、清らかな水、溢れる光。

これらは、彼らの「ふるさと」そのものなのです。


彼らが成人したとき、彼らを育んだ豊かな森が、巨大なコンクリートに打ち壊され、風も水も光も、どこかへ消えてしまったら、彼らはどうするでしょうか。

ふるさとを捨て、都会を目指して旅立っていってしまうでしょう。



戦後日本が歩んできた、「いつかきた道」を彼らに歩ませたくない。

彼らの子供、そのまた子供たちも、この豊かな森のゆりかごで、すくすく育ってもらいたい。


「次世代に残す」


というのは、そういうことだと、私は思うのです。




「この土地は、先祖から譲り受けたものではない。子孫からの預かりものなのだ」


ーーーー ネイティヴアメリカンの言葉



アンケートに答えて、「反対」または「必要なし」の意思表示を!
締切りが25日と迫っています!!

アンケートはこちら(国交省のサイトに飛びます)

巧妙な誘導尋問にご注意ください。

こちらの「中部横断自動車道八ヶ岳南麓の会」ページ、ぜひ参考にしてください