島崎藤村作 「嵐」より
私達は、河蒸気で永代迄下がってみた。何となく空も霞み、浅濁りの下、水の色迄が春めいてみえた。
河蒸気そのものも船乗り場も、野趣があって好い。
だふだふだふだふ音のする春の水、風をうけて走る帆、岸に輝バラックの屋根。
何もかも、河口らしい空気と煙との中に一緒になって、私の心を楽しませないものはなかった。流れよ流れよとも言いたい隅田川には、およそ幾艘の船が動いていると言ってみること見できないくらいで、大きな都会の気象が、一番よくその水の上に感じられた。
そこには、春の焔にまじって、もう一度此の東京を破壊のどん底から甦らせる様な、大きな力が溢れ、流れてきていた。
一度、誰かの前で、声を出して読んでみてください。
聞いている人は、河蒸気で隅田川を永代まで下ってきた私達が、永代の船乗り場で、そこに停まる河蒸気を見、足下で春の隅田川の水の音がし、その隅田川の水面を船の帆が風をうけて走り、向こう岸には、バラックの屋根が輝ってみえる情景を浮かべることができるでしょうか。
隅田川の水面に感じられる都会の情景と、破壊された東京を甦らせるような大きな力を感じることができるでしょうか。
視点が、足下から水面に移り、向こう岸に移り、そして、一面に移っていくその動きを、聞き手は描くことができるでしょうか。
ブレスの仕方によって、気持ちの入れ方も変わってきます。
小さな子供に解ってもらうように読んでみると、聞いている人が情景を浮かべやすくなります。
形を作ると、その気持ちになっていなくても、その形で作られる気持ちに入ることができます。
これは、台詞でも、朗読でも、演説でも、講演でも、レクチャーでも、通じるようです。
日々是精進
風眠