先週末、名古屋でのオイリュトミー講座が無事終了した。

気温が下がってきたせいかなんなのか、コロナ感染者がじわじわと増加傾向にあるので、無事終了して、本当にほっとしている。

 

今まではずっと3日間講座だったけど、今回は初めての4日間講座だった。

びっくりするほど、あっという間の集中した4日間だった。

 

果たして4日間も仕事の休みを取って人が集まるのだろうか、という感じで企画して、コロナがやってきて、ますます人は集まるのだろうか、、、だったのだけど、結果的にはちょうどよい人数が集まった。

 

ただ12年前に私が事務局になって以来、初めて、男性は先生のみで、参加者はすべて女性という、珍しい講座だった。

 

久しぶりのオイリュトミー講座に、先生も集まった参加者たちも皆ご機嫌だった。

もちろん私もである。

 

コロナの影響で、夏の合宿講座も中止になり、なんとオイリュトミーをやるのは実に1年ぶりである。

でも間が空いたことで、気づけたことが色々あり、間が空く、離れるというのも、意味あるのかもと思った。

 

最初の時間は、久しぶりで肉体にへばりついている感じの意識を動かすのがちょっと重くて大変で、気合が必要だった。

オイリュトミーって意識の運動といっても言い過ぎでない気がすると思った。

意識が先でカラダが後から動く。

意識が軽く動くようになってからは、集中して取り組むことができた。

 

歌の練習と同じなのだけど、克服したかったのが、出だし、動き始めは意識が入っているが、動いているうちに意識が抜けるということである。

最後まで意識を持続するってなかなか難しい。

逆に言えば、一瞬ならば誰にでもできるが、持続できる人はそうそういないということだ。

これは先生からの注意とかではなく、自分自身の課題として取り組んだ。

 

言葉のオイリュトミーは、ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」から、先生が抜粋した詩を動いた。

子音母音のラウトをとるだけでなく、4つの原動詞、「在る」「考える」「感じる」「動く・生み出す」と5つめの「想う」を加えて、5つの動詞の力を流して、動く練習をした。

この4つの原動詞は魂の力の基礎となるものであるという。

そこに感覚の力、色彩も加えて動いた。

また発声ではエフェソス発声よりも深い、肺発声、唄いの発声の練習を初めてやった。

 

音楽のオイリュトミーは、バッハ作曲アンナマグダレーナに捧げる商品集よりメヌエットd-mollをシュタイナーフォルムで動いた。

 

先生曰く、メヌエットという曲は短い曲であるが、短調で始まって、途中から長調の音階に変わる、不思議な曲である。

短調と長調の結びの曲みたいなところがあり、これがこの曲の命であると言える。

 

短い曲とはいえ、フォルムがたいそう難しく、4日間で全部やるのは大変だったけど、曲の最後までフォルムも音取りもなんとかできた。

メヌエットは今回の講座でおしまいではなく、今後の講座でもやって、仕上げるところまでやろうということになった。

 

 

今回、コロナ禍の中、こうした講座をやることは色々気を配ることがあり、大変だった。

会場が天井が高く、換気設備が整っていて、ドアも2カ所、あけ放ったままできるところだったことは、密室じゃない安心感があり、とてもありがたく、よかった。

参加者の方々も講座外の時間を少人数で行動してくれた。

大人数、全体での会食とかはできなかったけど、オイリュトミーができただけで、大大大満足である。

 

今、このときにオイリュトミーが4日間集中してできたことは、多分・・・大きい。

自分で自分によくやったね!って言った。

やっぱり私はオイリュトミーが好きだ!って思った。

 

笠井先生、久子さん、ピアニストの山本さん、皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

次回の笠井叡オイリュトミー講座は、2021年6月3日(木)~6日(日)名古屋長円寺会館にて、再度、4日間連続講座の予定です。

また正式に決まったら、掲載します。

よろしくお願いいたします。