偉大なジャズ・ジャイアンツにして私が生まれて最初に感銘を受けたピアニスト、オスカー・ピーターソン氏が腎臓疾患で82年の生涯を閉じられました。


18歳の時。

始めて氏のトリオをCDで聴いて受けた衝撃は今でも忘れられません。

テクニックも然ることながら、その立体的なサウンドと私の中にはないリズムのノリに畏敬の念すら覚えた記憶があります。

何年かしてからそれが"Swing"なのだという事に気付くのですが、その何年かの間にも、彼ほど私に"Swing"を感じさせたプレイヤーは他にいませんでした。

もし今の私が少しでもSwingしていれば、それは間違いなく氏の影響です。

デクスターやベイシーとは違う「ドライブするスィング」に心を奪われたものです。


3年前の夏、ギタリスト高免くんとニューヨークのバードランドで氏のライブを初めて見た時、既に氏はピアノの前に一人で辿り着く事が出来ないほど衰えていました。

脳卒中で倒れ左半身が麻痺し、リハビリを経て再び皆が待つステージへ返り咲いていた頃の話です。

氏のトリオはギターを加えたカルテットに編成を変え、満足に動かない氏の左手を補うかのようなカタチでサウンドに厚みを効かせていました。


ただ、その時に見た氏は本当に神々しいの一言でした。

車椅子に乗って舞台袖から現れ、大男二人に担がれようやくピアノの前に辿り着いた時、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が湧き起こっていました。

その時の氏の目は優しく、本当に幸せそうに鍵盤を眺めていました。


取り分け印象に残っているのはギター、ウルフ・ヴァケニウス氏の渾身のコンピング(伴奏)。

敬愛する氏の左手になろうとするプレイが随所に垣間見えるこのライブは、音楽・ジャズの素晴らしさを再認識させてくれたことはもちろん、幸福な時間を共有する術や愛し合うということの感動、コミュニケーションの楽しさ、そしてエンターティナーであることの誇りを教えてくれたライブでした。
気付けば涙が頬を伝う、そんな愛に溢れたステージを目の当たりに出来たことは私の音楽人生の中で最も大きな出来事の一つです。
氏らから得たものを胸に、それを広めることがリスペクトであり、また我々遺された者の使命だと感じています。


オスカーへ。


あなたから受けた影響は、私達の揺ぎ無き根に泰然として生き続けています。

どうぞ安らかに眠って下さい。



感謝の気持ちを込めて、ご冥福をお祈り致します。