‐前回の続きです‐

 

休憩を挟み、ショスタコーヴィッチの交響曲第五番。「革命」の副題に大変なじみがあり、4楽章の金管セクションが大変印象的な曲。最近では、この題は、作曲者自身によるものではないことに加え、欧米やロシアでも見られない呼び方のため、使われなくなっているそう。

 

20世紀最大の作曲家の一人であり、旧ソ連時代真っ只中に生きた彼の音楽は、今日の国際情勢に通ずるものが多くあるだろう。

 

重々しく始まった1楽章。暗く、悲劇的な印象を提示する。楽章後半の行進曲調の場面が、印象的。めまぐるしく場面が移り変わるため、落ち着きがない。行進も、国や軍の勇ましさを讃えたものというよりは、客観的に見た皮肉、風刺のような印象を受ける。

 

2楽章のスケルツォも1楽章で受けた印象と変わらない。ヴァイオリンの独奏も、皮肉めいたものを感じる。しかし、その後に出てくるフルートの旋律からは、美しさや可憐さもにじみ出る。

 

3楽章の弦楽器セクションが生み出す場面は、美しい。しかし、どこかもの悲しさも感じる。コントラバスが奏でる音は、重い唸りのようなものに聞こえ、作曲者の感情奥深くにある、抑え込まれた何かが感じられる。

 

ハープと弦楽器が静かに緊迫した場面を作り出した3楽章からは一変。有名な旋律が金管セクションで奏でられる。尾高さんは、この旋律を決して急ぐことなく、丁寧に運ぶ。打楽器群の強烈な打音が印象的であった。

 

フィナーレは長調で輝かしく鳴らされるが、これはブラームスの一番のように、悲劇的に始まった後の希望や開放の印象を持ってよいだろうか。終わった後の奏者の皆さんの顔は大変晴れ晴れとしていた。この曲が持つ悲劇的なものから開放されたものがやはりあるのかもしれない。

 

夏にショスタコの5番は大変、三島公演で食べたうなぎで力をもらったと尾高さん。今年引退を発表した井上道義さんの話題にも触れ、自身も引退しようかと。しかし、もう少し頑張ってみようとの声に、会場から大きな拍手。ショスタコが終わった後に、井上さんの話題が出てきたのも何か不思議なものを感じた。

 

カーテンコールでまた舞台にあらわれた尾高さん。最後は、藤原浜雄さんと同級生と言い残し、終演。舞台裏での尾高さんと専務理事の宮澤敏夫さんとの固い握手も印象的な公演だった。