群馬の実家へ戻ってました。で、今日は朝7時に実家を出発して街をRUNです。 2010.11.20(Sat)
↑新田義貞:反町(そりまち)館跡。新田義貞の住居だったところで館周辺は堀になってます。
地名は生品(いくしな)という所で、ハンカチ王子・斎藤君の実家がこの辺です。
私は木崎(きざき)という所に実家があります。この街は例幣使街道の宿場町でした。
街のはずれにある長命寺の色地蔵(いろじぞう)に立寄りました。
木崎宿は宿場町でしたからこういう悲しい物語があるんです。
木崎音頭はお盆祭りの時によく聞きました。昔は分からなかったけれど悲しい歌詞です。
「木崎街道の三方の辻に 新潟女衒(ぜげん)にお手々を引かれ
お立ちなされし色地藏様は 三国峠のあの山の中
男通ればにっこり笑う 雨はしょぼしょぼ雉るん鳥や啼くし
女通れば石とって投げる やっと着いたが木崎の宿よ
これが木崎の色地藏様よ」 木崎宿にてその名も高き
越後蒲原ドス蒲原で 青木女郎屋というその内で
雨が三年、日照が四年 五年五ヶ月、五五二十五両
出入七年、困窮となりて 永の年季を一枚紙に
新発田様へは御上納が出来ぬ 封じられたはくやしはないが
田地売るかや子供を売ろか 知らぬ他国のペイペイ野郎に
田地は小作で手がつけられぬ 二朱や五百で抱き寝をされて
姉はジャンカで金にはならぬ 美濃や尾張の芋掘るように
妹売ろとの御相談決まる 五尺からだの真ん中ほどに
妾しや上州に行てくるほどに 鍬も持たずに掘られた
「さらばさらばよお父さんさらば くやしいなあ
さらばさらばよお母さんさらば
まだもさらばよ皆さんさらば」
今となれば、歴史的な価値があると思います。