司法取引はアメリカなどで行われているもので、たとえば、殺人犯が殺人は認めないが傷害致死なら認めてもいいと持ちかけたり、あるいは捜査官のほうが減刑を餌に罪を認めさせる制度である

 はたしてこのような制度に正義はあるのであろうか?

 メリットは何であろうか?迅速に事件を処理できることがあげられる また裁かれるべき人間に一応は刑罰がかせられ、無罪放免になることを防ぐことにもつながる

 コストは何であろうか?真実を捻じ曲げることによって、行為に見合った刑が科せられず、一般予防や特別予防の効果を弱めてしまう また捜査機関の怠惰を招くことにもなる 複雑な事件には簡単に司法取引を持ちかけるようになり、捜査機関の存在意義が低下する また冤罪も増加するかもしれない 軽い刑になるならば、本当はやっていなくとも、応じるかもしれない 

 コストのほうが大きく感じられる だから司法取引は不正義だと私は考える たとえ、ごく一部の犯罪者が無罪になるとしても、捜査機関は真実を追究し、行為に見合った罰を求めるべきなのである

 そのほうが長期的には社会全体の幸福が増大すると思う 妥協してはならない

 刑事訴訟の目的は、真実を追究し、やったことに適合する罰を科し(やっていないことを罰しない)、犯人を反省させ、また社会に警鐘を鳴らすことだと考える