『おとなしい』は『大人しい』と書く。
『大人らしい』から変化した言葉だそうだ。
でも『大人らしい』と『おとなしい』
私は違う意味になっていると思います。
『おとなしい人』とは、穏やかな性格で物静かな人ことです。それがイコール『大人らしい人』な訳がありません。
子供は何かにつけて、初めての経験だらけであるから、何かあるとすぐに騒ぎ立てる。
大人はいろいろな人生経験をする。
その経験を踏まえて対処法を習得し、何事に対しても落ち着き払って動じなくなる。
その落ち着き払った様は『大人らしい』
だから物静かな様を『大人しい』となり『おとなしい』となった… かな?
言葉の意味が、変化してしまうことはよくあることだし、別にいいのですが…
私が引っ掛かるのは、
何事にも落ち着き払って動じないことが、本当に大人らしいのか?ということです。
世間一般には、大人とはそんなイメージだと思います。でも私は、それで大人になったとは云えないと思うのです。
社会の歯車の一つになるには、子供のままではダメで、大人になる必要があります。
大人になると、ずっと大人で過ごします。となると、何事にも落ち着き払って動じない生き方を続けることが理想となる。
それではつまらないし、
それが大人だと云うのなら、簡単に考え過ぎのような気がします。あえて云えば、子供っぽくにも感じてしまいます。
私の思う本当の『大人らしい』とは、
大人らしくすることに満足しないで、それを踏まえた上で、あえて子供のように振る舞うことができる人。言い方を変えて、
『大人を知り踏まえた上で大人を忘れる』
ことだと思います。
特に年齢を重ねると、これはこんなもん、あれはあんなもんとか、先入観や固定観念に囚われがちになる。もっと頭をやわらかくすれば….ね。
もっと楽しめるのではないか… と
つまり大人であるより、子供である方が楽しいでしょう。だから子供のように振る舞うにはどうすればいいか?と考えること。
そして実践することが、本当の意味での『大人らしい人』だと私は思っています。
昨年4月に亡くなった動物王国で有名なムツゴロウこと作家の畑正憲さんの、
『科学を知りそして科学を忘れる』
という言葉。東大卒で専門知識に精通。でも動物と接する時はそれを忘れる。いいなと思い、こんな文章を書いてみました。