9月以降の作戦を考える
今日も朝から中3は勉強しまくってます。
自分は、9月以降の作戦を考えています。
数学と理科に関しては、この8月に総復習が完了するので、9月に入ったら(一部生徒は8月中から)入試問題を解きまくる作業に入ります。全国入試問題の過去問、統一模試の過去問、今年度の予想問題集など、手当り次第に解きまくり、出来なかったところは自分で解説できるようになるまで復習してもらいます。
自分は、9月以降の作戦を考えています。
数学と理科に関しては、この8月に総復習が完了するので、9月に入ったら(一部生徒は8月中から)入試問題を解きまくる作業に入ります。全国入試問題の過去問、統一模試の過去問、今年度の予想問題集など、手当り次第に解きまくり、出来なかったところは自分で解説できるようになるまで復習してもらいます。
勉強量を増やすために
今日で夏期講習13日目が終了しました。
9:00~15:00までが正規の授業時間で、その後、19:00~22:00までは自主勉強です。今日は少なめで中3が4名しかいないので、教室はがらんとしています。
数学166単元の総復習(第1ターム)を終える人が出始めたため、終わった人は苦手単元のみに的を絞った第2タームに入っています。
並行して、地歴の1問1問テストが毎日50題ほど、英語長文1題&単語20題ほど、理科1日3~6単元、国語文章題3問くらいが、毎日のメニューです。
理科・数学の各単元の誤答数を記録しているのですが、一度間違えた問題は二度と間違えないように意識している子と、同じ内容の問題で何度も間違える子がいるため、答え合わせや見直しの方法について、改めて授業で確認しています。
現在力を入れていることは、「何をやればいいのか分からない!」という状態にならないように、ガイドラインをつくり、生徒自身で進度管理がしやすい仕組みをつくることです。イメージとしては、見通しのよい長い滑走路を進ませる感覚です。こちらは見通しの良い風景(カリキュラム)を用意し、「あとは自力で突っ走るだけ!」という環境づくりをしています。
結局は勉強量がモノを言いますが、勉強量を重ねやすい仕組みをつくることも、大切なことだと感じています。
9:00~15:00までが正規の授業時間で、その後、19:00~22:00までは自主勉強です。今日は少なめで中3が4名しかいないので、教室はがらんとしています。
数学166単元の総復習(第1ターム)を終える人が出始めたため、終わった人は苦手単元のみに的を絞った第2タームに入っています。
並行して、地歴の1問1問テストが毎日50題ほど、英語長文1題&単語20題ほど、理科1日3~6単元、国語文章題3問くらいが、毎日のメニューです。
理科・数学の各単元の誤答数を記録しているのですが、一度間違えた問題は二度と間違えないように意識している子と、同じ内容の問題で何度も間違える子がいるため、答え合わせや見直しの方法について、改めて授業で確認しています。
現在力を入れていることは、「何をやればいいのか分からない!」という状態にならないように、ガイドラインをつくり、生徒自身で進度管理がしやすい仕組みをつくることです。イメージとしては、見通しのよい長い滑走路を進ませる感覚です。こちらは見通しの良い風景(カリキュラム)を用意し、「あとは自力で突っ走るだけ!」という環境づくりをしています。
結局は勉強量がモノを言いますが、勉強量を重ねやすい仕組みをつくることも、大切なことだと感じています。
無私是貴人
かつて司馬遼太郎記念館に行ったとき、「無私是貴人」と書いてある色紙が展示してありました。
司馬遼太郎は、その小説の中で、己の欲を超越しようと努力し、無私の行動をとった人物たちのことを、大変高く評価しています。
皆で何かについて話し合っているとき、最も強い意見というのは、無私の意見であるそうです。自分に利益をもたらそうとしていない人は、公平で、冷静で、無駄がない、合理的な意見を主張できます。
しかし、少しでも自分に利益を誘導しようとすると、意見はどこか技巧に満ち、曖昧な部分が多く、言い訳めいた長い説明が必要になります。
自己利益を第一に考えることの弊害は、周囲から信用されなくなるということ以上に、自分自身の目がくもってしまうことにあります。自分の利益を優先するあまり、余計な気遣いや根回しが必要となり、自分の利益を侵害しそうな他者に目を光らせねばならず、疑心暗鬼に駆られます。どこかで後ろめたさを感じてしまうため、卑屈にもなります。
その結果、見通せる範囲が狭くなり、大局的な判断ができなくなります。
何かを決めるときは、「それって自分の利益を優先してるんじゃないの?」と語りかける自分がいることが大切だと思います。
吉田松陰が子供のころ、田んぼのあぜ道で素読をしていました。そのすぐそばでは、先生である玉木文之進が畑を耕しています。その日はとても暑く、ハエがたくさんいました。松陰は、両手をピンとのばして本を持ち、朗々と本を読み上げていましたが、顔の汗と、それにたかるハエがどうしても気になり、手で汗を拭いました。
すると、それを発見した玉木文之進は烈火のごとく怒り、松陰をめった打ちにしました。文之進に激しく殴打されたあげく、松陰は崖から転がり落ちてしまいました。それを見ていた母は、もはや我が子は殺されたと思ったそうです。
玉木文之進いわく、武士の務めである素読中に自分の汗を拭うというのは、公よりも私を優先することに他ならず、そのような人間は、私腹を肥やし、民衆を苦しめ、社会に災禍をもたらすもとになるそうです。
そんな師匠についた結果、徹底的に私を排除した吉田松陰という人物ができあがり、彼のもとからは、日本を動かす数多くの人物が出ていきました。
吉田松陰やその門下生達は、幕府に知られたら打首になってもおかしくない発言をバンバンしていましたが、その裏には、自分の命よりも、公のために尽くすべきだという精神態度があり、だからこそ人を惹きつけ、大仕事をやってのけられたのだと思います。
司馬遼太郎は、その小説の中で、己の欲を超越しようと努力し、無私の行動をとった人物たちのことを、大変高く評価しています。
皆で何かについて話し合っているとき、最も強い意見というのは、無私の意見であるそうです。自分に利益をもたらそうとしていない人は、公平で、冷静で、無駄がない、合理的な意見を主張できます。
しかし、少しでも自分に利益を誘導しようとすると、意見はどこか技巧に満ち、曖昧な部分が多く、言い訳めいた長い説明が必要になります。
自己利益を第一に考えることの弊害は、周囲から信用されなくなるということ以上に、自分自身の目がくもってしまうことにあります。自分の利益を優先するあまり、余計な気遣いや根回しが必要となり、自分の利益を侵害しそうな他者に目を光らせねばならず、疑心暗鬼に駆られます。どこかで後ろめたさを感じてしまうため、卑屈にもなります。
その結果、見通せる範囲が狭くなり、大局的な判断ができなくなります。
何かを決めるときは、「それって自分の利益を優先してるんじゃないの?」と語りかける自分がいることが大切だと思います。
吉田松陰が子供のころ、田んぼのあぜ道で素読をしていました。そのすぐそばでは、先生である玉木文之進が畑を耕しています。その日はとても暑く、ハエがたくさんいました。松陰は、両手をピンとのばして本を持ち、朗々と本を読み上げていましたが、顔の汗と、それにたかるハエがどうしても気になり、手で汗を拭いました。
すると、それを発見した玉木文之進は烈火のごとく怒り、松陰をめった打ちにしました。文之進に激しく殴打されたあげく、松陰は崖から転がり落ちてしまいました。それを見ていた母は、もはや我が子は殺されたと思ったそうです。
玉木文之進いわく、武士の務めである素読中に自分の汗を拭うというのは、公よりも私を優先することに他ならず、そのような人間は、私腹を肥やし、民衆を苦しめ、社会に災禍をもたらすもとになるそうです。
そんな師匠についた結果、徹底的に私を排除した吉田松陰という人物ができあがり、彼のもとからは、日本を動かす数多くの人物が出ていきました。
吉田松陰やその門下生達は、幕府に知られたら打首になってもおかしくない発言をバンバンしていましたが、その裏には、自分の命よりも、公のために尽くすべきだという精神態度があり、だからこそ人を惹きつけ、大仕事をやってのけられたのだと思います。



