土曜日誌
カメラによる撮影行為は、あらゆる所有を擬似的に可能にする。神聖な偶像、立ち入りを許されない領域、他人の墓、あるいは手の届かない憧れの人、一切が(擬似的に)あなたのものになる。世界を思うがままに切り取り、自分の一部として同化させていくことで、自分以外のあらゆる他人、物、などが絶対に乗り越えられない断絶の向こうにあることを忘れさせてくれる。
現実においては絶対に到達不可能な異物は、カメラが生み出す「ナルシシズムの夢」の中では全てあなたの一部だ。
大衆は激写する。全てが自分の一部となるように。不可侵なものなどなくなってしまうように。埋められない断絶を尊重することの喜びを知らず、それを自由にさせることを乳飲み子のようにただの屈辱としか感じられず。
「全てが平均化されてしまえ。全てが私の日常の一部になってしまえ」
彼らの、憎悪に満ちた叫びが今日もどこかで響いている。
という記事を読んだ。

