海
海の無い県に生まれた男にとって、海は特別な存在であった。
高校3年間、夏になると海にまつわる音楽を聴きながら学校へ通った。ぼんやりとした憧れの対象であった海に、音楽と歌詞が添えられることで、想像上の情景はいっそう輝きを増した。一方で現実は、焼けるようなアスファルト、大型貨物車の排気ガス、砂けむりを巻き上げる畑、面白くもない民家がどこまでも続く退屈な街を往復する毎日だった。
大学生になって初めて逗子の海に行ったとき、ふくらませていた想像をはるかに上回るほど、海は素晴らしい場所であった。こんなに素晴らしい場所が日本にあったのか、と思った。探し続けていた宝物を見つけた気分だった。海のにおい、波の音、きらめく水面、砂浜で過ごす人々の笑顔。ほとんど瞬間的に、大学4年間をここで過ごそうと決めた。仲間にも恵まれ、素晴らしい4年間を過ごすことができた。
大学を卒業して社会人になっても、海に関係する仕事を選んだ。いつしか海は自分にとって当たり前の存在となり、特別意識するようなことは無くなったが、将来は海の近くに住みたいと思っていた。
高校3年間、夏になると海にまつわる音楽を聴きながら学校へ通った。ぼんやりとした憧れの対象であった海に、音楽と歌詞が添えられることで、想像上の情景はいっそう輝きを増した。一方で現実は、焼けるようなアスファルト、大型貨物車の排気ガス、砂けむりを巻き上げる畑、面白くもない民家がどこまでも続く退屈な街を往復する毎日だった。
大学生になって初めて逗子の海に行ったとき、ふくらませていた想像をはるかに上回るほど、海は素晴らしい場所であった。こんなに素晴らしい場所が日本にあったのか、と思った。探し続けていた宝物を見つけた気分だった。海のにおい、波の音、きらめく水面、砂浜で過ごす人々の笑顔。ほとんど瞬間的に、大学4年間をここで過ごそうと決めた。仲間にも恵まれ、素晴らしい4年間を過ごすことができた。
大学を卒業して社会人になっても、海に関係する仕事を選んだ。いつしか海は自分にとって当たり前の存在となり、特別意識するようなことは無くなったが、将来は海の近くに住みたいと思っていた。

しかし今は埼玉に住み、埼玉で生活をしている。高校生の時よりはずっと埼玉に愛着を感じているが、埼玉で過ごす時間が長くなるほどに、海への気持ちは強くなっていった。海でしか過ごすことのできない時間があり、海でしか感じられない気分がある。
海に行かない日々が続くと、空腹を満たすように、海へ足が向く。海は心のサビを落とし、冷たくなりすぎた体温を上げ、時間の乱れを直してくれる。
日本が素晴らしいのは、四季があることと、海に囲まれていることだと思う。自分にとって、海は可能性と挑戦の象徴であり、美しさと恐ろしさの象徴である。

今夜、湘南国際マラソンのエントリーがある。海とマラソンの魅力が混ざりあったとき、そこには素晴らしい時間が待っていると思う。




