肉片② | Masahiro Yamazakiのブログ

肉片②

戦場を走り回るアムトラックは、次々とアメリカ兵を回収していく。砲弾の嵐の中から負傷兵と戦死者を救い出すため、農夫のようなけなげさで友軍を迎えにくる。その横で日本兵は無残な屍をさらしている。米軍にとって、日本兵の死骸は嫌悪すべき障害物でしかない。(その後、それらの死体は回収されることなく埋め立てられ、その上に貯水タンクが建設されることになる)


徳次郎は米兵が羨ましかった。

彼らには帰る場所がある。負傷兵は病院船へ運ばれ、死者の魂は友軍の手によって故郷に送り届けられる。死と隣り合わせの状況では、魂のゆくえは決して無視できない。しかしながら、退却路に散乱する日本兵の死体を見る限り、死後も魂の安寧は訪れそうになかった。日本兵には人間の尊厳などない。犬死という言葉が、いまいましいほど似つかわしく思える。


迫撃砲弾の着弾地点は確実に近付いていた。米軍は戦場を碁盤の目のように区分けし、その一つ一つに執拗な砲撃を加えた。たとえ砲撃をまぬがれても、怪しげな地形は戦車と歩兵とによって包囲され、確実に焼き払われた。当初は日本側の軍民入り混じった抵抗に浮き足立っていた米軍であったが、日毎に彼らの攻撃精度は高まり、より事務的に日本兵を殺せるようになってきていた。


徳次郎は故郷について考えた。

隣家の大澤さんの柿の木は、徳次郎の家の庭まで枝を伸ばしている。大澤のおじいさんは秋になるといつも「あれはおすそ分けです」と言って、たわわになった柿の実を指差した。それは、徳次郎の家と大澤さんの家との秋のあいさつのようなものであった。そのあいさつが済むと、大澤さんの木から柿をいくつか収穫し、家族で干し柿を作った。妻と娘が皮をむき、徳次郎がそれをひもにくくり付けた。縁側に干してある柿を鳥が食べないように見張り、揉んで柔らかくするのは婆さんの役目であった。冬になると家族でこたつを囲み干し柿を食べた。その年の干し柿の出来具合についてみんながあれこれと感想を述べる。トロリとした干し柿の甘みと食感は、徳次郎一家にとって最高のごちそうであった。干し柿がすっかり無くなってしまうと、来年はどんな干し柿が食べられるのかを家族で噂した。


徳次郎は農業土木の本を読むのが好きだった。そこで得た知識を自家の畑で試してみることは、芸術家が新たなコンセプトに挑戦するのと似ているかもしれない。周囲の農家もそんな徳次郎の博識を信頼してくれたので、徳次郎はしばしば農業コンサルタントの役割を担った。村の灌漑用水路工事の采配を頼まれることもあった。決して裕福な暮らしではなかったが、不幸に思うことはまったく無かった。


迫撃砲弾が数十メートル手前で炸裂した。徳次郎のタコ壺の隣には、平八という初年兵のタコ壺があった。その初年兵は、迫りくる迫撃砲弾に蒼白な気色を浮かべている。徳次郎は、平八という青年を聡明な男だと思っていた。平八と話していると、徳次郎はついつい色々なことをしゃべってしまう。徳次郎が話好きというのもあるが、平八が聞き上手ということもあった。平八の話し方や質問の端々から、彼の聡明さを感じることができた。


平八は学業半ばで戦場に来ているとのことだった。前途有為な青年や、畑いじりぐらいしか取り柄のない自分が戦場で露命をさらしている。それは甚だ場違いなことのように思える。


ついに迫撃砲弾が徳次郎らの陣地に着弾し始めた。迫撃砲特有の着弾音が腹を震わせる。舞い上がった土や小石がヘルメットに当たる音は、死と生とを分かつ扉をノックする音のようであった。その扉は限りなく薄く、理不尽なほど唐突に開かれる。


やがて、迫撃砲とは違う種類の砲弾音が響き始めた。戦艦からの艦砲射撃だろう。迫撃砲よりも凄みのある響きがあり、攻撃力も比べものにならないほど高い。


徳次郎は恐怖を紛らわすため、畑の隅に植えてきたヤマモモの木について考えた。出征前に植えた時は小さな苗であったが、今頃はだいぶ成長しているはずだ。あのヤマモモが大きく成長すれば、道行く人々の目を楽しませてくれるだろう。木の近くに切り株の椅子を置いて、休憩場所にするのも悪くない。様々な人がそこに腰を下ろし、作物の実り具合やヤマモモの木について話すのだ。


いつの間にか砲弾の音が止んでいた。砲弾の次にやってくるのは戦車のはずである。耳鳴りがひどく、キャタピラの音に耳をすますことができなかったので、ゆっくりと穴から顔をのぞかせた。辺りに敵の影は見えない。平八も無事のようだ。


日没が近付いていた。日本軍の夜間斬り込みを警戒して、日没近くになると米軍は進撃をやめる。再び故郷について思いを馳せようとした時、艦砲が徳次郎のタコ壺を直撃した。