俺の生き様を見ろ | Masahiro Yamazakiのブログ

俺の生き様を見ろ

重量挙げ63kg級の関東大会。


市川先輩は、外部からのあらゆるコンタクトを拒絶していた。彼は今、全ての集中力を自己内部に集約し、スナッチで105kgを挙げることしか考えていない。「頑張れ」という応援も、今の彼にとっては障害でしかなかった。人間は本当に集中すると、自分以外の事象に目が向けられなくなる。「~のために」とか「~のおかげで」などと言っている内は、本当の集中はできていない。そういう台詞は、試合前の生ぬるい慣れ合いの雰囲気か、試合後のリラックスした空間でしか生まれない。


セコンドは、市川先輩のただならぬ緊張感に圧倒され、彼が脱いだ服をきれいにたたむ以外に為すすべがなかった。彼の付属物を介する事でしか、彼への敬意と激励を表現することができない。


遠くで他校の応援が聞こえる。6月の湿気と炭酸マグネシウム(滑り止めの粉)の匂いが、体育館に充満する。市川先輩は何かを諦めたような微笑を残し、3回目の試技に挑みに行く。その去り際、ふとセコンドの存在に気が付き、「俺の生き様を見てろ」という言葉を残した。格好をつけただけかもしれない。しかし、セコンドはそうは思わなかった。既に3回中2回の試技で失敗していながら、なおも自己新記録を諦めない市川先輩を、本物の男だと思った。


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市川先輩は、いわゆる「不良」であった。家庭は崩壊しており、地元の西川口ではあらゆる悪さをしていた。顔に青あざをつくってくる事もあったが、なぜか練習をサボることはなかった。

普通の部員は、週に1~2回しか自己新記録に挑戦しない。しかし、市川先輩は常に自己新記録に挑戦していた。「自己新記録挑戦」というのは、生半可な気持ちでできるものではない。肉体と精神の状態をうまく最高潮に持っていけた時にだけ挑戦できるものなのだ。


市川先輩は毎日のように自己新記録に挑戦し、バーベルが後頭部に落ちそうになる危険な失敗を何度も繰り返した。時には監督が彼の練習を制止することもあった。市川先輩は常に何かに飢え、自己を規定する限界を否定し、狂気としか思えないほどの練習メニューをこなした。


市川先輩が誰かをライバル視することは無かった。彼の関心は常に自己内部にあり、練習場に飾られたトロフィーも、他校の実力者も、彼にとっては変哲のない風景に過ぎなかった。たまに来て威張り散らすOBも、市川先輩にはどことなく遠慮していた。

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肘が少し曲がりかけたようにも見えた。しかし、3人の審判はいずれも白旗を上げる。市川先輩は、土壇場で自己新記録を塗り替えたのだ。


試技を終えて帰ってきた市川先輩は、「今度女を紹介してやるよ」と言って、セコンドがたたんだジャージを受け取った。