仮設でおぜんざいを作ってみんなで食べました。
仮設は色々な所から人が集まってみえて新しい集団になっています。少しでもつながりが出来て助けあっていけるといいな。気兼ねして我慢してくらさなくていいように 人間関係があった方がいいと思います。
これから何年か一緒にすごしていくのですから、顔も見た事が無いというようなことのないように。
ご年配の方も多く、お寂しいことの無いようにと思います。
お正月を普通の日のようにすごされたようでしたので、みんなで新年会のように、おぜんざいを作ってわいわいとすごしてはどうかと思い、提案させてもらうと 喜んでいただけたので、ではと 仲間のみんなが至れり尽くせりに品物やお手紙を用意してくれました。
朝9時に仮設の集会所に行くと、仮設の方がたが もう前日にお掃除もすませ、お菓子やおみかんをきれいにお皿に盛り、手作りのお漬物までだしてくださって、準備万端にしてありました。
そして、お台所ではみなさんに来てもらえるようにおぜんざいの用意。お茶も準備できました。
11時近くになるとみなさん集まって見えました。用事でこれないお宅には私がおぜんざいの宅配です。岐阜から持っていった 綿入りのでんちも渡しました。
仮設に着きました。 仮設の集会所
台所でおぜんざい・お茶の用意。お菓子・おみかんは前日に並べてありました。
みんなが来る前にお話をお聞きしました。
自治会長さんとご挨拶 みんなでしゃべれるように机の並びをコの字型に変えて。(写真は1部) わいわいがやがやと楽しくなっていきました。でもやっぱり3月11日の話題になっています。「がんばっぺし。」「がんばっぺし」とみなさんで言い合ってみえました。
来れない方の所にはお届け お腹も膨れた所でみんなで歌を歌いましょう(冬の歌から春の歌へと。かあさんの歌では涙する人も。最後は「ふるさと」を歌いました)
初めはあまり歌声が聞こえませんでしたが、しだいに声が聞こえるようになり、みんなの合唱になりました。
終わってからある方が「歌を歌うなんて 何カ月ぶりかな~」としみじみと言ってくださいました。
あ~良かった みなさんゆっくりしてくださり、楽しく過ごしてくださいました。帰りにはおぜんざいの残り、おみかんの残り、ポケット1杯にお菓子他を持って帰ってもらいました。
「忘れないで東日本大震災」(私達のグループで主催しました)の写真展会場に届けられた帽子(写真はごく1部)をみなさんに。
手紙が添えてあり、「前略、岐阜新聞を拝見したものです。突然何の問い合わせもせず、送りつけてお許し下さいませ。どうにかして被災者の方々に届けて頂けないかと、行政も指定物資のみとかで、手段が解らず途方に暮れていた処、不躾とは思いますが許して下さい。東方80近い老女で、主人も亡くし、独り暮らしでこんなことしかできません。不格好で不出来ですが、どこかで、どこかの施設とか、どなた様でも、気に行ってくださればこの上ない幸せです。暖かくしてお過ごし下さい。宜しくお願いします」と書かれてありました。どこのどなたかわかりません。でもお気持ちに大変感動しましたので、早速仲間が仮設に送ってくれましたので、食後にみなさんに見てもらい、それぞれ気に行ったのを持って行ってもらいました。大槌町の友人もかけつけてくれました。
「ほとんどの所が来たね」「集会をしても来る人はいつもきまっているけど、みんな来たね」
今度は4月の終わりごろにちらし寿司とおすましと花見だんごで お酒もつけて、ここで花見の宴をすることにしました。(仮設のみなさんは去年震災があったため「今年は桜が咲くだろうか」と心配してみえました。去年あの震災の瓦礫の中、4月終わりに桜が咲いていました。きっと今年も咲くと思います。)
(今日で東北の報告終わりです)
岐阜支部よりお礼!
写真・「忘れないで東日本大震災」を現在じゅうろくてつめいギャラリーで開催中で、多くの方に足を運んで頂いています。
涙を流しながら写真をご覧になっている方、興味を持って質問して下さる方、今後の開催予定のお問い合わせなど・・・
本当に多くの反響をいただいてます。
引き続き写真展をよろしくお願いいたします。
又、他の会場での開催依頼もありますので、決まりましたらご紹介させて頂きます。

