先日、被災地(釜石、大槌、山田)に援助物資を届けに行った時の報告です。
女の子への物資だけでなく、現地から食料品も要請されたので、今後2~3ヶ月は食品を中心に支援していく予定です。
被災地は地震・津波・火事で以前の町並みがまったく分からないほど破壊され、津波から2週間も過ぎているのに、電気・水に不自由な生活をしてました。
町は磯の強い臭いと火事で焼けた金属臭が混じり合った、嗅いだことの無い鼻の奥に残る嫌な臭いでした。大槌・山田は不明者が多く、実態が把握できていません。また、遺体の損傷が激しく、歯型やDNAがとれないそうです。
自衛隊が捜索していましたが、どこから探したらいいのか・・・という状態でした。避難所は高台にあるので、大型トラックが入りにくく、道も狭いので、ガレキが支援の幅を狭めているように感じました。
山田町にある龍昌寺の住職さんは、今を生きるのに必死だとおっしゃっていました。今後の生活、町の復興はまだ考えられない状態なので、これから一歩ずつ進んでいく為のお手伝いを私たちもさせてもらうことになりました。
一方的な支援ではなく、ニーズを聞き、できることを手伝う方針です。避難所にいる方によると、今は物資が来てお風呂や炊き出しがあるが、物資もいつまで来るのか分からないのが心配だと話して下さいました。



