『やらなきゃ』 | flat3 football club 監督日記

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街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。


ちがう
ちがう


成果を求められない職業なのに勝手に成果を求めるから忙しくなるだけなのです


何をもって「指導力」なのでしょう?
「指導力」の有無って誰が判断するのでしょう?


毎年毎年入れ替わる、育った家庭環境も性格も特性もまったく違う児童や生徒に当てハマる指導力など持つ人は いないでしょう

そもそも
正当に評価をする人が現場にいない学校で
教師に指導力を求めるとか、無理だし無駄だから


決められた時間に決められた教科書を決められたように消化していけばいいだけの職業なのに

ソコに生活指導とか食事指導とかワケのわからないコトまでやらせるからおかしなことになっちゃっただけ

っていうか
教師たちが勝手に『やらなきゃ』と決めちゃっただけで
"完璧な姿勢"も"完璧な漢字"も"完璧な食べ方"も"完璧な運動会"も"完璧な音楽会"も"完璧な発表会"も
誰も望んじゃいないのに
教師たちが勝手に『やらなきゃ』って決めちゃってるだけ


できないのにやろうとするからシンドくなるだけ


何も考えず
ただ粛々と教科書のページをめくる毎日を過ごせばいい職業であるべきなのよ。