大きな家に住みたいのなら、「お金」が必要、というのと同じこと
でも、「走る力」だけではどうにもならないことがある
「お金」があって大きな家に住んだけど、そこで一緒に過ごす家族も友達も仲間もいない、っていうのと同じこと
「走る力」は後からでも間に合う
後からでも間に合うコトより、後からでは間に合わないコトを先にする必要が、小学生年代や中学生年代の現場には あると思う
『優しい子はイジワルな事ができるけど、イジワルな子は優しい事ができない』
っていうのが僕の持論
「優しくない子や、優しさを知らない子を、優しい子にしてあげること」が、僕が思っている「後からでは間に合わないコト」
どれだけ「走る力」があっても…………
ダメな子はダメだから
というわけで、昨日のトレーニングもずっとバドミントン
1対1でやったり、1対2でやったり
「走る力」というよりも「走り出す力」が求められる
飛んで来るシャトルに対応しながら、相手にとってイジワルになる所を瞬間的に見つけて判断する「走り出す力」がいる
「相手にとってイジワルになる所」って、「相手にとっての優しい場所」を知っていないと見つけられない
それを「瞬間的に」繰り返すことって、優しい子にしかできないこと
イジワルな子って、相手がイヤがる所しか見えない子だから
しっかりとした目的を持って「走り出す力」をつけてあげてからでも間に合うと思います、「走る力」
なのでやっぱりこだわりたいと思うのです
優しさに。