決めない | flat3 football club 監督日記

flat3 football club 監督日記

街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。

ある人が
『不安だと、つい "決めよう" としてしまうんだけど、決めつけてしまうと可能性は極端に狭まってしまう。
"決めず" にいるととても不安になるんだけど、その代わりに可能性はどんどん広がっていく。』
って言ってる。

僕はこんなに文学的でカッコいい言葉には出来ないけれど、トレーニング中 子供らに『決めるな』って叫んでる

ドリブルをするのかパスをするのかシュートをするのか、ボールを失いかける瞬間まで "決めない" で、味方の動き 敵の動き その瞬間の状況の変化を見極めるギリギリまで "決めない" ことを求めてる

隣にいるコーチはいつもそんな僕に
『普通は「早く判断して、パスかシュートかを決めろ」って教えるんじゃないの?
監督が言ってること、オレも理解でけへんで』と言うのだけれど


「考える習慣」がない子は、誰かに何かを "決めて" もらうと気分がラクになる
決まらない時の不安感に耐えられないから

「考える習慣」がある子は、自分で何かを決めようとする
決まらない時の不安感すら楽しめるから

サッカーでは、「何も決めていない相手」ほどイヤな相手はいない

社会人になれば、決まっていない事への「向き合い方」が問われる


僕の目の前でボールを蹴っているのは確かにコーチが言う通りの中学生なのだけど
僕は「ハタチの彼ら」に向かって叫んでる

『オマエらハタチにもなってまだ他人に行き先を決めてもらってんのかよ!』
『そんな人生で何が楽しいんだよ!』
『ギリギリまで決めない自分を楽しめよ!』

コーチの言う通り、誰にも理解できないかもしれないけど、僕は叫び続けるのだ

『早く決めて "とりあえず" の安心を求めるな!
決めるなよ
決めるなよ
決めるなよ

決めるなよ~~~!』