学生を育てたい?人を育てたい? | flat3 football club 監督日記

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街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。

どれだけ知識があっても、その知識を表現する術を持っていなければ、持っている知識は無駄になります

学生の間は、学校が定期的に知識を表現するためだけの機会を「テスト」として設けてくれるのでソレに対する準備をすれば、表現力の無さは誤魔化せてしまうのです

順番に並べられた「問い」があり
ご丁寧に用意された解答欄がある

「教えられた事」「覚えさせられた事」を「書くだけ」で点数は "稼げ" ます

でも、その "稼げ" た点数が自分の点数だと思っていた人が、社会人になってからとても苦労をしています

社会人にならずとも、社会人になるための「面接」の時点から苦労が始まるのです

表現できないから
表現力が無いから
点数と表現力とはイコールじゃないから

問題用紙と答案用紙を相手にすることには慣れているけど
生身の人間を相手にして自分が持っている知識を噛み砕いてわかりやすく言葉として説明することには慣れていないから

教科書に書いてあることは覚えているし、参考書に載っていた過去問は何度も解いたけど
目の前にいる相手が自分に求めている事が何なのかを予測する術を持っていないから

自分が持っている知識を、目の前にいる相手が求めているように話すための言葉を持っていないから

「習った事」以外は何もできないから……。

社会人になれば、毎日毎日が習った事がない出来事の連続
なのに
『知りません』と『わかりません』が通用しない世界

そこで問われるのは表現力

知らない事を相手から教わる時に必要なのも
わからない事を相手から聞き出す時に必要なのも
すべては表現力
自分の気持ち、自分の考えを相手に伝える力

教わった事に自分の知識を加える
聞き出した事に自分の知識を加える
そうやって知識を知恵に昇華させていく

知識も大事なんだろうけど
表現する力が無い人が頭の中にどれだけ知識を詰め込んでも
それはただの時間の無駄


というワケで

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